#15 サブカル地獄
ここって本当に現代日本だよな? 気付かないうちに異世界転生してないよな?
いや、してるよ、間違いなく。いつのまにトラックに轢かれたんだ?
「夢咲さん、浮いてませんか?」
「何が?」
浮いているという言葉を物理的な意味で捉えたのか、額に手をかざしてキョロキョロと周りを見渡す。この人、何気に仕草が可愛いんだよな。天真爛漫っていうか。
ただ、残念なことに遠くを見たところで浮いている物は見つからない。
「いや、俺の話ですよ」
だって隣にいるんだもの。まさに灯台下暗し。
「ふぇ? アタシと釣り合わないってこと?」
確かに釣り合わないけどさ、そういうことじゃないんだよ。
その自信を影山さんにわけてあげてほしい。あの人だって結構可愛いのに、卑屈すぎるんだよな。
「それもありますが、周りですよ周り」
異常な人口密度は、この際置いておこう。問題なのはファッションだよ。
本当に日本なんだよな? 現実世界なんだよな?
「こいつら、この髪型で仕事行ってるんですかね?」
俺の考えが古いのか? こいつらの髪型、校則にも社則にも引っかかるだろ。
周りが個性強すぎるせいで、俺の寝癖直しただけの無個性ヘアーや、夢咲さんのゆるふわなパーマも逆に異端だよ。海でスーツ決め込んでるみたいになってるよ。
「んー……ベンチャー企業とかならいいんじゃない?」
このギャル、ソクラテスとかベンチャー企業とか、意外な単語を出してくるな。しかも納得してしまうのが悔しい。
「なんですか? あのトマトみたいな髪型」
イジメ? イジメ受けてんの? 割と重めの罰ゲーム強要されてない? 写真だったら抱腹絶倒間違いなしだが、実物を見るとドン引きしてしまう。
トマトみたいって言ったけど、完全にトマトだよ。似てるっていうか、トマトをモチーフにしてるんだろうな。
美容院でどういう注文してるんだろ。トマト一個お願いしますとか言うのかな。
「んくく……」
あっ、ウケてる。ギャル的にも面白いんだ、あの野生のトマト。
そうだよな、あんな髪型アニメでも見たことないわ。
「あの女の人……デスメタル系の人ですかね?」
女性でいいんだよな? 小悪魔系っていうか、悪魔みたいなメイクなんだが。
まさかとは思うけど、あのメイクと髪で家から出てきたの? エクステだとしてもヤバいぞ。さっきまでライブしてた?
「か、かっこいいね、うくく」
「なんか皆、全体的に孔雀みたいな髪色ですよね」
「やめ……」
めっちゃ笑うやん、この人。絡まれかねないからやめてほしい。黒一色とか金髪一色の俺らがおかしいんだよ、この場においては。
まるで貞操逆転世界に来たみたいだな。トマトとか孔雀が普通の世界だよ、ここ。
誰も幸せにならない常識改変世界だよ。
「とりあえず落ち着きましょう」
夢咲さんの柔らかい腕をそっと掴み、背中を優しく押して、腰掛けられそうなところまでエスコートする。手の平に背中の汗がべったりついてしまったが、気にしてはいけない。孔雀みたいなカラーのモヒカン男に絡まれるより遥かにマシだ。
「水でも買ってきましょうか?」
「おね、おねがいっ」
過呼吸気味になってない? 大丈夫か?
心配ではあるが、反撃のチャンスじゃないか? 俺が童貞だからって、からかってくるし、ちょっとくらいいいだろ。
「トマトジュースの方がいいですか?」
「やめっ……やっ……」
さすがにやりすぎたかな? 俺のくだらないイタズラ心のせいで、顔面偏差値が大幅に低下してしまっている。
顎が外れんばかりの勢いで笑っているのに、それでも可愛さを保ってるのがずるいよなあ。俺だったら射殺許可が出るレベルの顔になるぞ。
「すんません、調子乗りすぎました」
鉄拳制裁が怖いので、先に謝罪しておく。
さて、どうするかな。自販機ぐらい近くにあるだろうが、さすがにこの状態の夢咲さんを置いていくわけにはいかない。
周りが派手すぎるせいで地味な女性に見えるが、それでも顔面偏差値がずば抜けすぎているからな。全裸の美女がスラム街を歩くようなもんだろ。
「ゆっくり……ゆっくり呼吸を整えてください」
セクハラ扱いされないことを祈りながら、ゆっくりと背中をさする。
汗も気になるが、それよりもマズいことに気付いてしまう。
「夢咲さん、言いにくいんですけど、あんまり前かがみになると見えちゃいますよ」
「っ……」
過呼吸のせいなのか、羞恥のせいなのかはわからないが、真っ赤な顔でこちらを睨みつける。ああ、天馬さんのときも思ったが、グイグイくる子が赤面するのって、性癖かもしれない。
「大丈夫です、隠しますから」
座り込む夢咲さんの前に立って、周りの視線から守る。勿論、背中を向けてだ。
彼女は今、どんな顔で俺を見ているんだろうか。やはり怒っているだろうか? 後ろから蹴りが飛んでこないことを祈りつつ、夢咲さんが落ち着くのを待つ。
とりあえず時間つぶしがてら、通行人のファッションでも観察してみるか。
おっ、パンチパーマの人いるじゃん。絶滅危惧種だと思ってたよ。
うん、トマトヘアーの後じゃ、何とも思わんな。お笑いグランプリでダントツで面白いコンビが、一番手で芸を披露したときみたいだわ。
(それにしたって凄いな皆、実は仮装パーティでも開いてんのか?)
人の髪型や服装にケチをつけるのは嫌いだが、それでもここの連中は異常だ。ほら、そこのお姉さんも普通の服着れば可愛いのに、サイケデリックな服で台無しになってるし。
悪い意味で目を引くファッションばかりだが、中には良い意味で目を引くファッションも存在する。
「うわ、エロいなぁ……」
後ろに夢咲さんがいるにも関わらず、うっかり声を出してしまう。いや、俺は悪くねぇ。だって、海水浴中にテレポートさせられたような人がいるんだもん。下はショートパンツだが、上はもはや水着じゃないか? 背中側が紐だけやん。
趣味の悪いグラサンで顔がよくわからんけど、見えてる部分だけで判断するなら相当の美人だろう。やけに背が高いし、胸と尻も中々凄い。
「夢咲さん、あの人もしかして現役モデルですかね?」
そろそろ落ち着いたであろう夢咲さんに声をかける。
「……」
なんですか、その表情は。初めて見るけど、どういう感情だ? 敵意を感じるんだけど。
「進次郎君は、ああいうのが好きなんだ」
「いや、あそこまで露出してると、さすがに下品かなって思います」
嘘ではないのだが、興奮しているのもまた事実。男って本当に単純。
「あんなのどうせ、サングラスとったら大したことないよ。マスクと同じで、脳が勝手に補正入れるんだよ」
まさかとは思うが嫉妬してるのか? いや、それは自惚れすぎか。
「いやらしい目で見たことは認めますよ。不快に思ったならすみません」
「別に? 私だってイケメンがいたら見るし」
あたかも「私は理解ある女だから怒ってません」みたいな言い方をしているが、表情を見るに拗ねていることは明らかだ。
考えてみれば、モデルうんぬんの話をしたばっかりなのに、さっきの台詞はどうなんだ? デリカシーがなさすぎたか? なんとかフォローせねば。
しかし、女性経験が乏しい俺に、適切なフォローができるはずもなく……。
「まあ、夢咲さんの方が綺麗だと思いますけどね」
出てきたのは、考えうる限り最悪の気持ち悪い台詞。こういう時どう答えればいいんだよ、教えてくれよ母さん。
「……待ち合わせの時、全然褒めてくれなかったじゃん。服とか髪型とか」
それなんだよなぁ。的確に痛いところをついてくるよ、この人。
「俺なんかに褒められるの嫌かなって思いまして……」
服はともかく、髪型いつもと同じじゃね? どこぞのイタリアンレストランの間違い探し並みに難問だぞ。
「飛鳥さんにはグイグイいくくせに」
いや、そんな記憶はないんだが。それは天馬さんが誇張して惚気てるだけでは?
どう弁解すればいいのか全然わからん。いや、もしかしたら何を言ってもダメなのでは? となれば……。
「……下手な言い訳はしません。許してくれとも言いません。とにかく謝らせてください」
たとえ恋仲ではないとはいえ、二人っきりの時に目移りするのは失礼にあたる。申し開きしようというのが、既に間違いなのだ。
「んくく…………あはは!」
何がツボに入ったのか分からないが、堪えきれずに笑いだす。
「進次郎君は男だねぇ」
「ええ、見知らぬ女性を目で追う俗物な男です……」
「っ……そ、そうじゃなくて……」
すれ違いがあったらしく、再びツボに入る。浅いな、ツボ。
「この状況で素直に頭を下げるのが男だなぁって思ったの」
むしろ女性は下げないのか? 一方的に自分が悪くても。
「しょうもないことで怒ってごめんね?」
ひとしきり笑い終えた夢咲さんが、ポーチからハンカチを取り出して俺に差し出す。ちゃらんぽらんだけど、ちゃんとハンカチ持ち歩いてる辺り大人の女性って感じするな。
「アタシの汗べったりついたでしょ? これで拭いてよ」
「え、いいですよ、そんなの」
やっぱ女性的には気になるんだろうな。っていうか、今更ハンカチ渡されてもな。
もうとっくに自分のズボンで拭き取ったよ。
「……すみません。男に汗を触られるなんて嫌ですよね。っていうか腰を触ること自体、デリカシーなかったですよね……」
へそ出しルックというのもあるが、咄嗟だったので地肌を触っちゃったのよな。下心はなくとも痴漢だよ、痴漢。
「なんで進次郎君が謝んの? 正直、気持ち悪かったっしょ?」
「……?」
あれ? また噛み合ってない気がするぞ。
「汗触って、汚いって思わんかったん?」
「……? 他人ならまだしも、夢咲さんですよ?」
いや、夢咲さんも他人っちゃ他人なんだけどさ。
「でも牛丼のシェア、嫌がってたじゃん」
「夢咲さんが嫌がると思ったんですよ。まあ、提案してきたの夢咲さんですけど」
強いて言うなら、チーズ牛丼とノーマル牛丼の交換という、シャークトレードが嫌だったよ。明らかに下位互換だし。
「……そっか」
何を納得したのかわからないが、何かに満足して立ち上がる。
「進次郎君には飛鳥さんを選んで欲しかったんだけどな」
何の話をしてんだ、こいつ。
「アタシはアラサーじゃないから、ちょろくないよ?」
本当に何の話をしてんだ。なんか誤解してない?
「無理ないよ。アタシが進次郎君の立場だったら惚れちゃうよ。こんなイイ女」
自己完結して、うんうんと頷く。待って、置いていかないで。
「アタシにアプローチしてもいいけど、飛鳥さんをほったらかしにしないこと。わかった?」
わからん、ギャルの思考回路がわからん。誰かギャルリンガルを開発してくれ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます