#17 初期ステ最強ギャル
古臭い偏見だと怒られるかもしれないが、女性の買い物は基本的に長いと聞く。少なくとも、俺の母親は異常に長かった。苦痛すぎて、買い物に行くのゴネてたなぁ。
彼女持ちの友人達も皆、「彼女の買い物に付き合うの、ぶっちゃけしんどい。特に服とかコスメ」と愚痴をこぼしている。テンションの下がりようからして、相当に長いのだろう。
なので俺も、お出かけに誘われた時点で覚悟を決めていた。買い物中の暇つぶしとして、テンションが上がる曲を脳内再生できるよう、前日に聴き込んでいた。そのおかげで変な夢を見てしまった気がするけど、あんまり覚えてないから別にいいや。
「もう少しゆっくり見てもいいんですよ?」
まさか今日、この言葉を使うことになるとは、夢にも思わなかったよ。嬉しい誤算だね。
「いや、もう満足したよ。次行こ、次」
どうやら俺の準備、もとい修行は無駄だったらしい。
現在、大型のショッピングモールにいるのだが、曲を脳内再生する余裕もなく、次から次へと店に入っていく。
多くの店を巡るのは覚悟していたが、一軒あたりにかける時間が想定よりも遥かに短い。俺の母親はおろか、俺よりも早いんじゃないか?
「どういう服が欲しいんですか?」
百着以上見たはずだが、お気に召す物がないようで、未だに一着も購入していない。買わないにしたって、手に取って滅茶苦茶悩むもんじゃないのか? 母親の話ばかりで申し訳ないが、俺の母親は似たような服を両手に小一時間は悩み続けるぞ。
「んー? 今まで見た服がそうだよ」
「……? どういうことです?」
やはり、ギャルの思考は読めない。
確かに目を輝かせていたが、欲しそうには見えなかった。まるで、鑑賞することに価値があると言わんばかりの態度というべきか。
「別に適当に入ってるわけじゃないんだよ? ネットで見て、気になったブランドの店だけを厳選してんの」
「あー、服単位で見てるっていうより、ブランドで判断してる感じなんですね」
それは分かるが、それにしたって欲しそうに見えなかった。時折、「進次郎君は、どっちが似合うと思う?」みたいなことを聞いてきたが、聞くだけ聞いて結局買わないんだもの。
データ収集でもされてるのかと思ったよ。悪用されるかと思ったよ。
「あっ、もしかしてですけど、安く手に入れるツテでもあるんですか?」
「どういうツテなん、それ。あるわけないじゃん」
俺の発言がよほど的外れだったらしく、ケラケラと笑う。
大分スジが通った推理だと思うんだけどな、そんな笑わんでも。
「ツテはないけど、今度頑張って探すよ。似たような服を」
「似たような?」
「そーそー。案外あるんだよ? 地元の駅前のショボいショッピングモールでも」
まあ、似たような物ならあるだろう。あるだろうけども、それでいいのか? ジェネリック医薬品じゃないんだから、本家を買わないと意味ないのでは?
「もしかしてっていうか、怒らないで欲しいんですけど……。普段着てる服って、そのショボいショッピングモールで買ったやつですか?」
「え? そうだけど?」
嘘だろ、おい。絶対、この辺で買った服だと思ってたよ。
「女性用の服は分からないですけど、あそこの服って滅茶苦茶安いんじゃ……」
「フルコーデでも、この辺の服一着より安いね」
そりゃそうだよ。店の内装からして、高級感に差があるもの。値札見た時、表示ミスを疑ったよ。
「夢咲さんは女の敵ですよ。一般女性が何十万かけても、数千円で勝つんですから」
服で本体を誤魔化す人はいくらでもいるけど、本体で服を誤魔化す人は初めて見たよ。
「アハッ、初めて言われたよ。女の敵なんて」
ギャルのツボが浅いのか、夢咲さんのツボが浅いのか、どっちなんだろう。
ん? そういえば……。
「ところで、俺に聞いてきたのは何だったんですか? 『どっちがいい?』みたいなこと、ちょくちょく尋ねてきましたけど」
俺のセンスなんか取り入れても仕方なくない? 男性物のファッションセンスさえないのに、女性物なんてわかるわけがない。影山さんの服が今時の若者にしては地味だってのは、さすがにわかるけどさ。
「ああ、それ? 進次郎君の好みに合わせてあげようかなって」
何を血迷ってるんだ、こいつは。いくら美人でも、俺のセンスの悪さをカバーしきるのは難しいぞ。ましてや廉価版だろ?
「それ、夢咲さんにとって得することあります? お金の無駄なんじゃ……」
「いつも遊んでくれるお礼だよ」
無理に付き合わせてるって自覚はあったんだ。なおさらタチが悪い気もするが、救われたというか、報われた気分だよ。俺ってチョロいのかな。
「お礼……?」
「ゲームでも、好きなキャラに好きな服着せるの楽しいっしょ? そゆこと」
よくわからんが、目の保養をさせてくれるということだろうか? あいにく、俺は俗物だから、今着ている服、谷間が見える服の時点で幸せなんだが。
「俺のためっていうなら、俺も金を出した方がいいですか?」
「ダメ。それだけはダメだよ」
ヘラヘラしていた夢咲さんが、急に険しい顔つきになる。また地雷を踏んでしまったのか? もしかすると、金のやりとりで嫌な思い出があるのかもしれない。
いや、でもこの人、電車賃を渡してきたよな? あれはOKなのか?
「さっ、服はおしまいおしまい。次さ、コスメ見たいんだけど、いいかな?」
険しい表情から一変、上目遣いで俺の許可を求めてくる。まともな出会い方をしていたなら、落ちてたかもな。童貞だし。
「勿論いいですけど、なんでわざわざ聞くんです?」
「こっちは長くなると思うし、進次郎君的に退屈っしょ? コスメなんか見てもさ」
長くなることは覚悟していたし、服選びも結構退屈だったよ。ファッションショーでもしてくれるならまだしも、ハンガーにかかった服を見るだけだもの。
「コスメショップなんて、俺一人じゃいけない場所ですし、興味あります」
「マジ? 神じゃん」
反対されるとでも思っていたのだろうか。俺の手を掴んでブンブンと上下させて、喜びを表現する。おいおい、もっと丁重に扱ってくれよ。我、神ぞ?
「見てよ、ほら。こんなん絶対、紐槻に置いてないよ」
何に使うのかよく分からない物を嬉々として見せつけてくる。何が楽しいのか分からないが、幸せそうだから俺も適当に笑っとこう。
「これ良くね? 容器だけで値段分の価値あるよ、これ」
「へぇ、デザインもこだわるもんなんですね」
「あったりまえじゃん」
そうか、当たり前なのか。消耗品のデザインなんかどうでもよくない? 全体的にデザインが凝っていることから見て、俺がおかしいのかね?
っていうかさ、こういうのって見てわかるもんなのか? 実際に使わんと効果わからんだろうし、レビュー見ながらネットで買うのが正解なのでは?
「どうしよっかなぁ、買いかなぁ」
服の時とは打って変わって、購買意欲がそそられたらしく、財布の中の札を数えながら逡巡している。
「これ、肌に使うヤツですよね?」
「んー? ああ、うん。まあ、そういう認識でいいんじゃね?」
うわ、傷つくなぁ。露骨すぎるぞ、説明する価値がないって態度がさ。
「今も結構いいの使ってますよね?」
「いや? ドラッグストアのヤツだけど?」
「本気で言ってます? 容姿の初期パラメーター高すぎません?」
ドラッグストアって、そんなに高いの売ってなくない? コスパ良すぎだろこの人。千円カットでも、美容院帰りの女性に勝てるな。
「大げさすぎん? そんなに金かけてないから、直射日光で結構やられてるよ」
「やられてなお、その美しさなんですか」
魔法でバフでもかけてんの? 女の敵すぎだろ……。っていうか、ろくに紫外線対策せずに、その薄着なん?
「ステイステイ! 勝負かけすぎっ!」
珍しく赤面して、俺を制止する。
「アタシを落としたいのは分かるよ? 分かるけどさ、飛鳥さんと差をつけすぎちゃダメだよ」
何を言ってるか、全くわからない。どっちも落とす気なんてないし。
「今度、お家デートしてあげるから、その時に口説いてよ。今は他の人もいるしさ」
コスメを一心不乱に物色する女性達をチラ見しながら、俺を諭してくる。人目なんか気にせんでもいいよ、こちらに微塵も興味を示してないから。
「お家デートて……」
俺と夢咲さんってどういう関係だっけ? 最高でも友達だよな? 一応、奴隷って扱いのはずなんだけど。
「まあ、悪い気はしないし? 下の名前で呼ぶくらいは認めてあげてもいいかな」
「呼びません」
男友達でさえ苗字呼びなんだぞ。女性を下の名前で呼ぶなんて無理だっての。
「呼ばないと『痴漢です』って騒ぐよ? ケーサツに弁解できないように、蹴り上げてから叫ぶよ?」
そこまでして呼ばれたいのか。俺とどういう関係になりたいんだよ。
これって一種のハラスメントだろ? ネムハラだろ?
「ふ、風夏さん……」
逆らうと後が怖いので、一応従っておく。
「ん。よろしい」
どことなく照れているように見える。気のせいだと思うけど。
「トーゼン、飛鳥さんも下の名前で呼ばなきゃダメだよ?」
コスメ見に来ただけなのに……。なんでこんなことに……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます