#6 アラサー怒りの離席
高級な飲み屋、バーなどと比較した場合における大衆居酒屋の魅力とは、なんだろうか?
料理や酒の安さと答える人も多いことだろう。それも間違いではないのだろうが、俺に言わせてみれば、くだらないの一言につきる。
値段相応の味なんだから、別にお得とは思わない。駄菓子は安価だが、お得感は一切感じない。安価な分、大して美味しくないのだから。
俺が思うに大衆居酒屋の最大の魅力は、騒ぎ放題だというところだ。飲み放題と違い、料金を取られないのも大きいな。
無論、騒ぎ放題といっても限度というものは存在する。具体的に言えば、周りに迷惑がかからない程度というのが、暗黙の了解として存在する。逆に言えば、常識さえ守れば好き勝手できる。
陰キャが何を言っているんだと思う人もいるだろうが、男友達相手なら結構騒ぐ方なんだよ、俺は。バーで静かに飲むのは性に合わない。
このメンツなら騒ぎ放題という特権が、いかんなく発揮されるはずだ。女性が三人集まればなんとやら、しかもその内一人はギャル。俺が会話に加わる余地などないんじゃないかと、危惧と安堵が同時に来ていたぐらいだ。
それなのにどうだ、現実は。
「
「怒ってない」
怒りを隠そうともせず、不機嫌な顔で否定する。天馬さんとは短い付き合いだが、嘘発見器を使わずとも、嘘をついていると分かる。
「食べ方が汚い。怒ってる」
「デフォルトだよ」
嘘をつけ。そんな、ドレッシングぶちまけながらサラダを食べるアラサーいるはずねえだろ。夢咲さん、そんな目でこっちを見るな。拭くよ、俺が拭くよ。
(なんでアラサーの介護をせにゃならんのだ)
「嫌味か? 自分でやるよ」
俺の手を払いのけ、不機嫌な顔でドレッシングの処理をする。
なんだここは? 地獄か? どうしたんだ姐御、何があったんだ? さっきまでの姐御はどこにいったんだ?
たしかに、居酒屋に誘ったときから様子がおかしかった。だが、決して不機嫌ではなかったはずだ。
一人不機嫌なだけで、ここまでお通夜みたいな空気になるんだな。周りの席の大学生やらオッサン連中やらが騒がしいというのが救いだ。閑静なバーだったら耐えきれんよ。
しょうがない、ここは、他愛もない話題で流れを変えるか。天馬さんの機嫌について触れても、空気が悪くなる一方だからな。
「そういえば天馬さん、ここに来る道中、コンビニに寄ってましたよね? 一体何を買ったんですか?」
外で待ってたから、何を買ったのか見てないんだよな。
手ぶらで出てきたから、ポケットに入るサイズの物ってのは確定なんだろうけど。
アラサーだけあって、胃腸とか二日酔い関係の薬でも買ったのかな。
それともATMでお金を降ろしたのかな。もしくはお手洗い?
「あ?」
え、なんで睨まれてんの? もしかして聞いちゃまずかったか?
『外で待っててくれ』っていうのは、そういうことだったのか? 知られたくない物を買っていたのか?
「無駄な物を買ったんだよ」
話題作りのための、答えにさして興味ない適当な質問が、気になる疑問まで昇華してしまったよ。何を買ったんだ。無駄な物なんてあるのか? なんで買った?
「無駄な物って?」
なんでこの空気で聞けるんだ、羽衣大先生。好奇心はなんとやらですぞ。
「買った時は無駄じゃなかったんだ。こいつのせいで無駄になった」
箸で俺を指しながら不満気な態度を取る。夢咲さんといい、指し箸するヤツばっかだな。というか天馬さんが、人のことをこいつ呼ばわりって、本気で不機嫌じゃないのか? アルコール入ってるとはいえ、こんなにキツイ言葉を使う人じゃないと思うんだけど。
いや、それよりも俺のせいとは? 詳しく聞きたいが怖いので、自分なりに推理してみよう。
無駄な物を買ったということは、ATMやお手洗いではない。
そして、手ぶらで出てきたってことは、ポケットに入る物だろう。
女性にしては珍しく、バッグの類を持ち歩いてないし。そして、コンビニから居酒屋までの短い時間で無駄になる物。
いや、時間の問題じゃないな。居酒屋についたことで無駄になった? いや、さすがにそれはおかしい。居酒屋に行くことは最初から分かっていたのだから。
そもそもなんで不機嫌なんだ? 無駄になったから不機嫌なのか?
そういえば、この二人に会ってから不機嫌になったよな? ということは、この二人がいると無駄になる物を買った?
「まったく。キミを見直した私がフッシーだったよ」
フッシー? アッシーとかメッシーの類だろうか? アラサーってバブル世代じゃないと思うんだけどな。
よくわからんが、ギャル語とかパリピ語的な感じか?
「フッシーって何?」
あっ、絶対違うわ。夢咲さんが知らないってことは、絶対に違うわ。
「節穴だよ、節穴。やっぱり根っからのネカマだよ、進次郎君は」
ああ、節穴のフッシーね。なるほど、なるほど。わかるか!
「真面目に仕事してたと思ったらさ、結局こういうことなんだよね」
どういうことだろう。純粋に頑張ったのに、ケチつけないでほしい。
「風夏達と飲めるから頑張ってたんだろ? ほんっと俗物、根っからの俗物」
俺の根っこどうなってんだよ。最低な属性二つで構成されてんの?
大体、見当違いだよ。夢咲さん達と飲みたくないもん。今となっては、天馬さんと飲むのが一番辛いけど。
というか飲みすぎだよ。開幕十分かそこらでビール三杯って初めて見たぞ。飲み放題の元を取ろうと必死な体育会系かよ。
強制参加の飲み会で割り勘負けしたくないから、がぶ飲みしないでほしい。
「ちょっと、飛鳥さんに言ってないの? アタシ達もいるって」
「最低。だからモテない」
え? 味方してくれないの? 絡み酒被害者の会じゃないの?
俺がおかしいのか? 見知らぬ仲ならまだしも、アンタら友達だろ? どっちかといえば、俺の方が見知らぬ人間だし。
「で? なんで私を呼んだ? 風夏の引き立て役か?」
何を言ってんだこいつは。親しくないヤツに合コン誘われたときみたいなこと言い出しやがって。
引き立て役じゃなくて清涼剤だよ。心のよりどころという、名誉ある役職だよ。
「天馬さんとお話がしたくて……」
「それがキミの手口か? このネッカマが」
ネッカマ? また造語か?
「根っからのネカマでネッカマだよ」
うわ、想像以上にくだらねぇ。フッシーは勘の良いヤツなら意味通じるかもしれんけど、ネッカマは無理だよ。ネカマの表記ゆれだよ。
「まったく。ありえないよ、ホントさ」
天馬さんがキレ気味に立ち上がる。
「一本吸ってくる」
そう言い残して席を立ち、喫煙スペースに向かう。
喫煙者だったとは意外だな、臭いとか全然しなかったけど。
「昔って席でタバコ吸えたんですよね? 喫煙者ってのは肩身狭そうですね」
空気を変えるために、残された二人にどうでもいい話を振る。
「ヤバいよ、アンタ」
「相当キレてる」
俺のフリなど無視して、状況のまずさを訴えかけてくる。心なしか顔色が悪い気がする。
「飛鳥さんがタバコなんて相当珍しいよ」
「極度のストレス、怒りと見ていい」
え、なにそれ。そんなにまずい状況なの? 俺何もしてなくね?
「とにかくアンタも行きなよ。二人っきりで話しな」
正直、今の天馬さんと二人っきりになるの怖いし、喫煙所とか臭そうだから行きたくない。副流煙も嫌だし。
などと言えるわけもなく、アドバイス通りに後を追う。
立ち去る女性を追いかけるシチュエーションは幾度となく見てきたが、自分が当事者になる日がくるとは思わなかったよ。ドラマと違ってロマンの欠片もないけど、現実なんてこんなものよな。
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