#7 お持ち帰らせ

 天馬さんの後を追って、喫煙スペースまできたが、なんというか……。


「急遽こしらえた感が凄いな」


 健康増進法だっけ? あれが施工されてから設けられただけあって、簡素なスペースだ。高い税金納めた結果、隔離部屋に押し込まれるとは、喫煙者ってのも肩身が狭いよな。

 理由はわからんけどバーとかは、今でも席で吸えるんだっけ?

 普通の居酒屋も面積次第で、吸えるとか吸えないとか。まあ俺は吸わないし、席で吸える時代を知らないんだけどさ。


(入りたくねぇ……色んな意味で……)


 怒ってる天馬さんに近づきたくないし、それ抜きにしても喫煙所なんか入りたくない。そんな思いを押し殺して扉を開けた俺を、不快な臭いと煙が出迎えてくれる。

 うわ、タバコ臭っ! 喫煙者って、この臭い平気なのか?


「なんだい、キミも喫煙者かい? あの流れでよく来れたね」


 臭いと煙の次は、天馬さんが出迎えてくれた。本当にタバコ吸ってるよ、この人。

 なんていうか絵面がヤバい。どっからどう見ても、不良デビューしたての中学生男子だよ。臭いでバレて、生活指導部に呼び出しだよ。


「いえ、天馬さんと二人っきりで話を……」


 夢咲さんの指示ってのは伏せておいたほうがいいな。あくまでも自分の意思ってことにしないと。こういうところばっか気が回るあたり、根っからのネカマ、ネッカマだよなぁ。


「筋を通しな」


 物騒な発言とともに、タバコの箱を差し出してくる。吸えということだろうか?

 言い方を考えてほしいな。一瞬、エンコ詰めかと思ったよ。


「狭い喫煙所に、吸わないヤツが来るのは迷惑さ。今は私しかいないけど」


 言ってることはわかるが、正直吸いたくない。しかし、この状況で断ることなどできるはずもなく、タバコを一本頂戴する。

 タバコの根元に紫のマーカーみたいなの入ってるけど、オシャレってやつか?


「あの、ライターを……」

「しゃがみな」


 火をつけてくれるのだろうか。アラサーにそんなことをしていただくのは、いたたまれない。というか、人に火をつけてもらうのは単純に怖いからやめてほしい。万が一にも鼻とか髪を炙らたくないし。

 覚悟を決めてしゃがみこむと、天馬さんが口にくわえたタバコを、俺のタバコの先端に当てる。これは一体?


「シガーキスだよ、ゆっくり吸いな」


 なにこの状況。顔が近すぎる。帽子のツバが俺のデコに当たりそうな距離だぞ。

 ……綺麗な顔してるよな、この人。


「他の客が来るだろ、早くしな」


 それは困る。地元の居酒屋でこんなことをしているところ、知り合いに見られたら終わる。いや、終わりはしないけど、なんか気まずいだろ。

 気恥ずかしさを感じながらも、勢いよく吸ってみる。


「あっつ!」


 喉が焼ける感じと、煙の不快感が押し寄せてくる。喫煙者ってのは、こんなセルフ拷問を日常的におこなっているのか?


「ゆっくり吸えって言ったろ」


 あまりの間抜けさに機嫌が直ったのか、むせる俺を爽やかな笑顔で見つめる。

 怪我の功名ってことにしておくか。


「初めてってのもありますけど、顔が近すぎて……」

「ドキッとしたとか言うなよ? 媚び売ったら、アレだぞ」


 どれだよ。


「いいか? アラサーの女性に対して……あっ、タバコは煙を口の中に溜めるイメージでゆっくり吸って、そっから口を軽く開けて冷ますんだ。そっから肺に押し込むイメージだ」


 ホント、面倒見いいよな。説教中断してまでレクチャーしてくれるんだから。

 正直よくわからなかったが、教わった通りにやってみる。


「煙を舌で転がして味わうんだ。で、だな。キミはアラサーをわかってないんだ、乙女心も。あっ、タバコを吸う前に軽く空気入れといた方がいいかも」


 レクチャーするか、説教するか、どっちかにしてほしい。どっちも伝わってこないんだよ。


「恋人いないって話、確かにしたよな? したっていう体で話すぞ? あっ、肺に煙入れるの苦手なら、慣れるまではフカシでいいぞ」

「ええ、確かに聞きました」


 フカシとはなんだろうか。ハッタリ的な意味だと解釈しているんだが、喫煙用語なのか?


「子供の頃から恋とか無縁だったんだよ。男友達は結構いたけどさ。おい、煙吐くの早いぞ、ちゃんと舌で転がすんだ」


 口を軽く開けて、舌をレロレロする様を見せてくる。妙なエロさとキモさとアホっぽさが絶妙にマッチしていて、適切な表現が思いつかない。

 というか、舌で転がすのキツイ。味わえとか言われても、タバコまずいんだけど。


「親がな、うるさいんだよ。彼氏ぐらい作れとかさ、こんなチンチクリンに産んどいてさぁ!」


 俺に言われましても。


「ちょっとくらい小さい方が可愛いかと……」

「そういうとこだぞ!」


 なにがだよ。どういうとこだよ。


「君のお世辞は本音っぽいんだよ!」

「本音ですもの」

「もー! もー!」


 牛に成り下がった天馬さんが、帽子で叩いてくる。タバコに当たったら危ないからやめてほしい。いや、俺はいいんだけど、帽子が焦げて困るのアンタぞ? 心なしか顔が赤い気がするし、ハイペースで飲みすぎたんだろうな。


「男はすぐ勘違いするっていうけど、女だって同じだっての!」


 ダメだ、酔っぱらいは。何を言いたいのかまるでわからん。


「本当は彼女いるんだろ! キミー!」


 何を根拠に言ってるのか知らないが、騒がないでほしい。喫煙所ってそこまで防音性に富んでないと思うし。ああ、もう。暴れるから何か落ちたじゃん。


「なんです? このカラフルというかサイケデリックな箱は」


 わからんけど形的にタバコか? 見たことない柄だが、コンビニのレジの後ろを見るに、最近のタバコっておしゃれな箱してるもんな。昔のタバコ知らんし、なんなら今のタバコもそんなに知らないが。


「か、返して」


 せっかく拾ってあげたというのに、凄い勢いでひったくられる。タバコ持った手でひったくらないでくれよ、危ないからさ。


「見たね?」


 なんだよ、その威嚇するような顔は。小動物感あって可愛いんですけど。


「いや、よくわかりませんでした」

「嘘はダメだ。覚悟しときなよ」


 そう言って喫煙所を一足先に出る天馬さん。何か知らんが嘘つき呼ばわりされた挙句、覚悟を決めさせられた。

 あの箱が何だったのかわからないが、先ほど、コンビニで買ったものだというのは分かる。見られたくなかったみたいだし。




 逮捕されないよな? 俺、絵面的にヤバいことさせられてんだけど。


「もう一軒いくぞぉ! おー!」

「行きません」


 人の背中ではしゃぐ、子供のような何かを冷たくあしらう。後生ですから、目立つようなことをしないでくれ。誘拐のような絵面なんだから。


「なんでだよぉ! 若いんだから飲めるだろぉ!」

「そんなに元気なら歩いてくれません?」


 確かに俺はまだ飲めるが、アンタがダメなんだよ。あの二人は『後はヨロピク』とか言って去っていったし。

 ヨロピクとは言ってなかった気もするけど、言ってたことにしよう。あんな薄情なヤツら、おバカキャラって扱いでいいんだよ。


「しょうがないなぁ、じゃあ早くキミのお家連れてってよ」


 いつそんな約束をした。イマジナリー進次郎との約束を現実に持ってくるな。


「タクシー拾ってあげますから、自分の家に帰ってください」

「なんだ? 金出してくれるんだろうな? 結構かかるぞぉ?」


 ああ、ひたすらに面倒くさい。


(ん? あれは……)


 ゴミ捨て場が目に留まり、一瞬俺の中の悪魔が良からぬことを囁いた。いや、さすがにやらんけどね。


「俺の家の狭さは知ってるでしょう? ソファとかないし、来客用の布団もないんですよ」


 女性を床で寝かせるのも忍びないが、俺が漢気を見せる義理も義務もない。痛いんだよ、床で寝るの。

 まあいいや、帰ってから考えよう。こんな夜更けに、こんな小さな女性を背負ってたら通報されかねん。


「ごめんな、進ちゃん」

「(進ちゃん?)何がです?」


 何がというか、どれがというか。


「せっかくのおんぶなのにさ、背中の感触つまんないだろ? ごめんなぁ」

「寝ててください」


 そこじゃないんだよ。そこ、謝るところじゃないよ。人様におんぶさせてることを謝ってくれ。というか、タクシーで自分の家に帰ってくれ。

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