#1 奴隷人生

「生活感ないわね」


 失礼な発言と共に、俺に無断で部屋を物色する女性。俺のスマホと免許証を取り上げた、リーダー格と思わしきギャルだ。一手目からベッドの下を漁るな、今時エロ本なんて隠してないから。時代もあるけど、そもそも一人暮らしだし。

 まあ、いくら漁られたところで埃ぐらいしか出てこないから、止めないけどさ。止める勇気がないってのもあるけど、この体勢だと尻がエロくてたまらない。時間を巻き戻す能力があるなら、ひっぱたいてやりたいよ。


「独特な匂いがする」


 どんな感情を抱いているかまるで読めない不思議っ子が、鼻をヒクヒクさせる。つまんでやりたいほど可愛いが、匂いを嗅がれるのは恥ずかしいからやめてほしい。臭いと言われなかっただけ、御の字と考えるべきだろうか。

 他の三人も、勝手に漫画を読んだり、ベッドに腰掛けたりと、まるで自分の部屋であるかのようにくつろいでいる。


「あの、なんで俺の家なんかに……」


 多勢に無勢ということもあって逆らうことができず、言われるがまま部屋に上げてしまったのだが、意図がわからない。窃盗目的ではないとは思うが、不気味で仕方がない。初めての女性客がこんなヤツらというのも、物悲しい。


「客人にコーヒーも入れてくれないの?」


 だらしなくベッドで寝転がっていた女性が上半身を起こし、飲み物を要求する。一番地味な見た目をしているくせに、思いのほか図々しい。なんで自分達を客人にカテゴライズしてるんだ。っていうか、俺みたいなキモオタのベッドに寝転がるって気持ち悪くないの? 夏場だぞ?


「緑茶か抹茶をいただけるかねぇ」

「アタシは紅茶でいいよー」


 何が『紅茶でいいよー』だよ。誰様のつもりだ、この露出ギャルは。


「お菓子ある? 飲み物はコーヒーで」

「ジュース系で頼むよ。炭酸でも大丈夫だよ」


 思い思いに要望を投げてくる。人の家に押しかけるなら、飲み物ぐらい持参しろと言ってやりたい。勿論、怖いので言えないのだが。

 不満を抱きながらも、しぶしぶ飲み物を用意しにいく。名前も知らないヤツらを上げたまま、部屋を空けたくはないのだが仕方ない。


「お待たせいたしました……」


 とりあえず安いインスタントコーヒーを、俺を除いた人数分用意する。紅茶だの緑茶だのジュースだの言っていたヤツがいた気もするが、無い物は出せない。お菓子は一応あるっちゃあるけど、絶対に出してやらん。俺が座る場所を空けてくれないこいつらに出すお菓子はない。


「ありがとうねぇ」


 おっとりした子だけがお礼の言葉を述べる。この子には注文通り緑茶を出してあげるべきだったか? いや、緑茶なんて家にないんだけどさ。

 というか、出会ったばかりのネカマが出した飲み物なんて、よく飲めるな。普通の神経をしていれば飲めないだろ。ああ、そうか、普通じゃねえわ。よく知らない男の家に無理矢理、押しかける時点で普通じゃねえわ。


「なんでホットなの? 夏なんだけど?」


 リーダー格のギャルが、手で顔を仰ぎながら不満をぶつけてくる。電気代が高騰している中、エアコンをフル稼働させているだけ感謝してほしい。だが、相手にしているとキリがないので、適当に謝罪して本題に入る。


「あの、なんで俺のことを? っていうか、なんで俺の家に?」


 なぜ、ネカマだとバレた? なぜ、本名と顔までわかった? 何のために家まで押しかけてきた? 何一つ分からない。


「逆に聞く。あれでネカマになったつもり?」


 不思議っ子がコーヒーを嗅ぎながら、逆質問をかます。インスタントコーヒーの匂いを嗅いで、何が楽しいのか。通ぶっているのか? それとも薬の混入でも警戒しているのか? 後者だとしたら飲み物なんて頼むな。


「結構、その、色々考えて演じたつもりです。はい……」


 何が間違っていたというのだろうか。小さい母音(貧乳という意味ではない)、いわゆる捨て仮名を使っていれば、男なんてイチコロではないのか?


「アンタ、露骨に語尾を伸ばしてるっしょ? 『〇〇ですかぁ?』みたいな」


 ギャルが思考を読んだかのように、ピンポイントで突ついてくる。

 『〇〇ですかぁ?』と言った時の顔がアホ面丸出しだったが、それをイジる勇気はない。


「ぶりっ子は男受けがいいかなって……」

「いや、ネカマ感が丸出しだった。隠す気が感じられなかった」


 それは、こいつらが女だからじゃないのか? 男相手なら正解のはず。当然だが、男のことは、こいつら以上に熟知している。


「メイクとかファッションの話も付け焼刃だったよ。絶対に、ネットで適当に調べたでしょ?」


 一番地味なくせに、中々に痛いところを突いてくる。お前こそネットで適当に買った服じゃねえのか、それ。もしくは、母親か祖母に買ってもらった服だろ。


「誤った知識を披露しないでほしい。見てるこっちが恥ずかしい」


 不思議っ子の表情が今だけ読める。間違いなく憐憫れんびんの情を抱いている。というか、あまり追求しないでほしい。面と向かって言われると、憤死しそうになる。


「男が相手なら、いけると思ったんです……」


 全部これで押し切ろう。下半身で物を考えるヤツは、細かいことなど気にしないだろうし、俺の言い分は間違っていないはずだ。


「ネナベがいるって考えないの? ネカマのくせに」

「出会い厨に絡まれたくないから、男のフリするってパターン結構あるよ?」

「女性に対する理解度が低すぎる。身近な女性を観察すべき」

「いや、いないからアレなんでしょ」

「同性をハメて楽しいのか? どの面でお天道様に顔向けしてんだ?」


 いつだってそうだ。小学生の時から思っていたが、男女の言い争いは常に、多勢に無勢だ。帰りの会とかいう、男子生徒限定の公開処刑を思いだして、泣きそうになってきた。教師は何を思って、あんな一方的な私刑を認めているのだ。


「普通、たかがネトゲで詐欺行為する? ましてやネカマなんて」

「なぜあんな愚行に走ったのか、実に興味深い」

「これ、黒歴史ってやつだよね」

「バレたのが優しい私達だってことに感謝してよね」

「根性叩きなおさねぇとなぁ?」


 こいつら人の心ないのか? おっとり系の子だけが救いだよ。ちゃんとお礼言ってくれるし、この私刑に参加してないし。


「てか、ぶりっ子がモテるってなに? アタシぶりっ子嫌いなんだけど」

「私もだよ。誰にでも愛想振りまくヤツは、男女関係なくダメだね」


 今までの人生経験を活かして、公開処刑が終わるまで押し黙っていようと思っていたが、一向に終わる気配がない。耐えきれなくなった俺は、流れを変えるために次の質問に移る。


「あの、どうして本名とかまでわかったんですか?」


 これだけは絶対に確認しておきたい。なぜバレたのか、そしてどこまで知っているのか。流出元はどこだ? まさか、ネトゲをハッキングしたのか? そんなまさか。


「パーティメンバーで別のゲームやったっしょ?」

「別の……ああ、やりましたね」


 通話による連携が不要なタイプのゲームを、いくつかやった記憶がある。それがなんだというのか。


「貴方はザルすぎ。ゲームのIDとSNSのID同じだった」


 なんということでしょう。まさか、そんなところまで見られているとは。


「でも、本名とか顔写真は……」

「アンタがリプ送りあってるヤツ、あれ明らかにリア友っしょ?」

「え、ええ」


 できれば否定したかったが、ここまでバレている以上は、嘘をつかないほうがいいだろう。


「そいつ普通に写メあげてるじゃん」


 言われてみればそうだ。あいつ許せねぇ。全部あいつが悪い。


「大学名はアンタのプロフに載ってるしさ、調べるのは楽だったよ」

「普段の投稿からもヒントが盛りだくさんだった。ネット向いてない」


 うぐっ……。確かに大学名を載せてるし、家の窓から外の写真撮ってSNSにあげたこともあるわ。

 仕方がないじゃないか。俺みたいな一般人のアカウントを、ねちっこく調査するヤツがいるなんて、誰も思わんて。


「先に言っとくけど、高校とか中学も特定してるよ」

「勿論、同級生のアカウントもチェックしてるから」


 なぜそこまでしてネットストーカーをする。その執着心はなんだ。


「とりあえず事情はわかりました。ですが、結局何のために、俺なんかの家に……」


 そう、一番の問題はそこだ。いくら多勢に無勢とはいえ、男だぞ? 喧嘩なんて小学生以来やったことないけど、急に本気で暴れたら女性五人くらいは……。


「目的を話す前に言っとく。無謀な暴力に訴えられても面倒だから」


 心を読んだかのように、不思議っ子が釘を刺してくる。無謀とはどういうことだろうか? スタンガンやナイフでも、隠し持っているのだろうか?


「大前提としてさぁ、私達それなりに強いよ? さすがに男とタイマンは、負けると思うけど」


 一番地味な子が見た目に反して、好戦的な態度を取る。

 逆に言えばタイマン以外なら勝てるということだろうか。強ちハッタリでもないのかもしれない。『男相手でも勝てる』とか『護身術習ってる』とかだったら、フカシくさいが、タイマンじゃ勝てないことを認めているところがマジっぽい。


「多少の痛い目は覚悟してる。試してみる?」


 不思議っ子が上目遣いで顔を覗いてくる。自分で言うのも辛いが、俺の顔をこんな近距離で見て、嫌悪感はないのだろうか?


「や、やめときますよ。女性に暴力なんてそんな」


 相手の顔に息がかからないように顔を背けて返答する。視線に耐えきれないというのもあるが、美少女に口臭を指摘されたら生きていけなくなる。


「違う」


 俺の返答が気に入らなかったのか、小さな両手で俺の両腕を掴みながら、足を踏んでくる。なんだ? この状況はなんだ? 壁ドンの亜種か?


「その言い方だとまるで『その気になれば女ぐらい倒せる』と、そう言ってるように聞こえる」


 そのつもりで言ったのだが、まずかっただろうか。下手に出すぎるのも危険だという判断の基だったのだが。


「絶対に勝てないと理解して。じゃないと話が進まない」


 なんだ、こいつの自信は。一見不利な体勢だが、それは男同士の話。こんな細身で低身長の女性相手なら、いかようにでもできるはずだ。

 なのに、なぜだ。俺は今、恐怖に包まれている。こんな、しゃがまないとキスもできないほど身長差がある相手に。

 怯えで視野が狭くなってる俺の背後から、ギャルがしがみついてくる。羽交い絞めではなく、腰にしがみついてきたのはなぜだろうか。やはり素人なのか?


「アンタさすがにビビリすぎっしょ。エロいこと考える余裕もないじゃん」


 言われてみればそうだ。童貞の俺にとって耐えがたい状況なのだが、腰に当たっている柔らかいものに興奮する余裕すらない。


「あの、心が読めるんですか? さっきから……いたっ!?」


 冗談交じりに問いかけると、返答代わりに内腿を軽くつねられる。なんて残虐なことをするのだろうか。内腿をつねるのは、国で禁止すべき行為だ。

 そんなことを考えていると、いつの間にか近くに立っていた地味な子、略して地味子に鼻を抓まれる。


「鼻と内腿を抓られるってのが、どういうことかわかる?」


 どういうことだろう。これなら暴行事件ギリギリの範疇で、最大の苦痛を与えられると言いたいのだろうか。


「その気になれば、目も股間も狙えたってこと」


 そう言いながら、不思議っ子は俺の指を甘噛みする。なんだ、なんなのだ、どういうプレイだ。そういう店のオプションか? もしかして俺は、寝ぼけてそういう店のサービス頼んでたのか?


「言ったでしょ、多少の痛い目は覚悟してるって。仮にアンタが勝っても、タダじゃすまないわよ」

「世間的にも、女性五人に暴力を振るった男扱いされちゃうよ? アタシのSNSで拡散しちゃうよ?」


 なんてヤツらだ。まともじゃないということが、ひしひしと伝わってくる。


「わかりました、わかりましたよ。逆らう気なんて、毛ほどもありません」


 純粋な暴力で勝つのも厳しいし、大事になった時に勝つのはもっと厳しい。女性五人が家に押し掛けるという、明らかに不自然な状況でも、世間は女性側につくに違いない。そんなこと、判例に詳しくない俺でもわかる。

 こうなったら精一杯楽しもう。この抱き着かれている状況、甘噛みされている状況、家に女性がいるという状況を。良い面だけ見ないと、多分もたない。


「じゃあ座って。君の入れた不味いコーヒーが冷める」


 不思議っ子が俺の指を口から抜き取り、着座を促す。今更だが、俺みたいなキモオタの指なんて良く噛めるな。自分の指でも抵抗あるのに。

 とりあえず指を洗いたいが、逆らうと今度こそ、指を嚙みちぎられそうなので黙って着座する。


「では、お聞かせ願います。俺みたいなキモオタの家に、五人も美女が押しかけてきた理由を」


 皮肉なことに、怒涛の展開でコミュ障がマシになった気がする。何事も経験とはよく言ったもので。


「なにそれ、嫌味? 四人でしょ」


 地味子が不機嫌そうにコーヒーを飲む。俺が言うのもなんだが、卑屈じゃないだろうか。フォローするべきか悩んだが、話が進まない気がしたので、スルーしておこうか。ここで「え? 普通に美少女じゃないですか?」とか言われて落ちるようなチョロい女、そんなもの現実には存在しない。そんな可愛い反応を三次元に期待するのは愚かしい。

 っていうか、あのボーイッシュな子、女性で確定なんだな。まあ、声とか肩幅でなんとなくわかってたけどな。


「結論から言うけど、騒がないでよ? アタシ、そういうヤツ嫌いだから」


 話を最後まで聞かないヤツは俺も嫌いなので、言いたいことはわかる。そして、これからえげつない発言が飛び出るというのもわかる。

 よほどの発言が飛び出さない限り、動じないぞ。絶対に。


「奴隷になってほしいのよ」


 よほどだわ。動じたわ。

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