【10万PV突破】ネカマで釣りをしていたつもりがネナベに釣られていた
シゲノゴローZZ
#プロローグ ネカマキングダム没落
人生の折り返し地点にさえ達していない若造だが、その短い人生で幾度となく耳にしてきた。『男は皆馬鹿』という、主語が大きすぎる暴言を。
いや、さすがにデカすぎんだろ。世界の人口が八十億だとすれば、四十億人が対象だぞ。
この言葉は、アニメ、ドラマ、小説、漫画などなど、媒体を問わずに使い古されてきた。空想上の世界に限らず、現実世界でも幾度となく耳にしてきた。自分がその暴言の対象となったことも、数えきれないほどある。
今のご時世、性差別を助長するような発言は、あまりよろしくない気もするが、それでも否定はできない。俺の場合は、特にそうだ。
「マジかよ! これ激レアだぞ!」
今年で二十一歳になろうという男が年甲斐もなく、ネトゲごときで大はしゃぎする。はたから見れば、相当滑稽に思えるかもしれないが、テンションが上がるのも無理からぬこと。このネトゲの全ユーザーが血眼で追い求めるレアアイテムを、手に入れたのだから。
このアイテムを手に入れたければ、国家資格が取れるほどの時間を費やすか、もしくはバイト代を全てつぎ込むかの二択。いずれにしても、たかがネトゲのアイテム一つに払うような代償ではないことは確かだ。基本無料のゲームとはいえ、アコギな商売だな。
当然だが、俺にそこまでするほどの熱意はない。国家資格を取るつもりはないが、それでも時間は大事だし、これにバイト代をつぎ込むぐらいなら別のゲームを買う。
そんなワガママの極みである俺が、どうやって激レアアイテムを入手したのか。答えは簡単で、アコギな商売にはアコギな策略で対抗すればいい。それだけのこと。
『本当にいいんですかぁ? さすがユウキさん! 頼りになりますぅ』
『安いもんさ、ヒメカさんのためなら』
安いもんさ、百文字にも満たないチャット一つで手に入るなら。
そう、お察しの通り貢がせたのだ。女を知らないであろう、哀れな男性プレイヤー達に。
「女性アバターってだけで信用しやがって。男って本当に馬鹿しかいねーな」
チャットには死んでも書けないような悪態をつく。勿論、ボイスチャットは繋がっていないので、なんの問題もない。そもそも繋げることができない。ボイスチェンジャーをかますのが手間だし、何より口頭ではボロが出やすい。付け加えるなら、異性と出会うことしか考えてないオタクの声を聞きたくない。
「何が『ヒメカさんのためなら』だ。カッコいいと思ってんのかねぇ。んふふ」
お互いに顔も知らなければ、声さえも知らない。男という生き物は、チャットでぶりっ子を演じるだけで、勝手に美少女だと思い込んでくれるらしい。そして、ワンチャン出会えることに望みをかけて、献身的な奴隷になるのだ。その証拠に、俺が住んでいる都道府県を執拗に聞き出そうとしてくる。答える気は毛頭ないが、答えたら次はきっと、北の方か南の方か聞いてくるんだろうな。
「仮に俺が女でも、可愛いとは限らないだろうに」
可愛かったら可愛かったで、ネット越しでも下心が伝わるような男と会わないだろう。いくらでも出会いがあるのだから。
可愛ければ可愛いほど、会ってくれる確率は低くなる。会ってくれる美少女がいるとしたらそれは、よほどの奇人か美人局の二択だ。なぜそんな簡単なことも分からないのか、不思議で仕方がない。
異性に飢えた哀れな男達からレアアイテムを徴収し、レベルを上げるための戦闘もほとんど任せっきり。普通のゲームなら退屈なプレイスタイルかもしれないが、この手のネトゲでは理想のプレイスタイルだ。課金だけで強くなれるゲームなんて、そんなものよ。
「口下手とか、貴方の話を聞きたいとか言っとけばペラペラ喋ってくれるし、楽でいいわホント」
ボロを出さないために編み出したテクニックなのだが、これがまた想像以上に合理的なのだ。今も、パーティチャットがにぎわっているが、無視して漫画を読むことができる。話を振られた時だけ、適当にログを確認して曖昧な返答をすればいいだけの話だ。俺も名前くらいしか知らないが、テレクラってこんな感じなのかね。
そんなくだらないことを考えながら、何気なくチャットに目をやる。
『今度皆でオフ会しね?』
『いいなそれ。せっかく近所に住んでんだし』
『次の土日ならあいてるよ。あいてなくてもあけるし』
どうやら奴隷共がオフ会を開催するらしい。当然だが参加する気は毛頭ないし、そもそも参加する権利がない。参加したら間違いなく刃傷沙汰だろ?
だが、少しだけ興味があるので、漫画から目を離してチャットの閲覧に集中する。
「こいつら皆、近場に住んでたのか。すんげぇ偶然」
どうやら日本というのは、俺が思っているよりも随分と狭いのかもしれない。もっとも
なぜそんなことが言い切れるか? 簡単なことだ。複数人が同じ出身地だという確率よりも、なんらかの理由で同じ地域に引っ越す確率の方が高い。
『じゃあ紐槻駅前のショッピングモール前に集合で』
狭かったわ。想像以上に狭かったわ。急に圧迫感を感じてきたわ。都道府県って三つくらいだっけ?
「こんな、くそどうでもいい奇跡があっていいのか? 損した気分だ」
ご近所さんだとしても、オフ会に行くことなどできない。不思議なことに俺は、こいつらの中では、世間知らずの内気な美少女になっているはずだ。正体がバレたら刃傷沙汰か賠償請求の二択だ。こんなくだらない理由で夕刊に載ったら、末代までの恥だ。いや、俺が末代になるわ。
「顔の見えない女に貢ぐようなキモ男同士で集まって、何が楽しいのかね」
オフ会なんかする時間があったら、俺に貢ぐアイテムを用意しろ。馬車馬のごとくかき集めろ。っていうか、この五人って課金アイテムを一切よこさない無能達じゃん。追放候補五人衆じゃん。
『じゃあ初対面だし、全員、黄色の服を着ていかん?』
『いいな。採用っ』
こいつらは何を言っているんだ? キモオタが黄色の服で統一してオフ会? そんな……そんな……。
「そんな面白いことされたら、行くしかねえだろ!」
まともな用途は思い浮かばないが、絶対に現地で写真を撮ってやる。そして、俺がネカマで姫プレイしていることを知っているリア友に見せて、嘲笑してやる。
自分でも理由はわからないが、俺は今、猛烈にやる気に満ち溢れている。この行動力と熱意を別の方向に向けることができれば、大成できるかもしれない。そう思えるほどのやる気だ。
屋内に比べれば、盗撮のリスクは低いとみていいはずだ。いくら田舎といえど、店内で盗撮する度胸はない。
「まだ一人も来てないようだな」
小汚いベンチに腰掛け、ジュースを飲みながらスマホをいじるフリをする。こうしておけば、不審者と間違われる心配はないはずだ。後はあいつらが来たタイミングでさりげなく離席し、隙を見て写真を撮るだけだ。
集合時刻まで、およそ十分。オフ会に参加するわけでもないのに、少々緊張してきた。いや、参加しないからこそ緊張するのだろう。階段でスカート盗撮とか絶対に無理だろうな、俺みたいな小心者には。いや、度胸あってもやらんけどさ。
(休日に何をしてるんだろうな、俺は……)
無益に過ぎ去る時間が、俺の頭を冷やしていくのを感じる。オフ会のチャットを見たときは、テンションが上がっていたが、正直どうでもよくなってきた。なんなら、家を出るときに少し悩んだぐらいだ。
空っぽになったジュースを飲むフリをすること十分、一向に黄色の服を着た変態は現れない。ベンチとはいえ、あまり居座ると不審者扱いされるかもしれんし、早く来てくれ。
(オフ会中止ってことはないよな?)
スマホでネトゲのフレンドリストを確認するが、誰一人としてログインしていない。中止になっていないことは確かだ。あんなヤツら、どうせネトゲしかやることないんだからよ。
姫こと俺が参加表明すれば、一時間前から集合しただろうに、男だけだとこんなにルーズになるのか。五人もいて、一人も時間通りに来ないってどういうことだ。俺に貢がねぇし、時間守らねぇし、どんな教育受けてんだよ。
そんな身勝手な怒りに震えていると、急にスマホを取り上げられる。
「ビンゴっ!」
スマホを取り上げたのは同い年ぐらいの女性だったようで、何やら大はしゃぎで仲間にスマホの画面を見せている。なんなの、このギャル。絶対関わっちゃいけないタイプじゃん。
「あの……か、返してください」
驚きと女性への免疫のなさのダブルパンチで、声が弱弱しくなるのを感じる。キレてもいい場面だろうに、我ながら情けない。
「声が小さいよ、ヒメカちゃん」
嫌味ったらしくネトゲのプレイヤー名、もとい源氏名で呼ばれ緊張が走る。いや、臆することはない。フレンドリストを開いていたのだから、俺のハンドルネームがバレるのは至極当然のことだ。
「いや、
今までに経験したことのないレベルで、心拍数が跳ね上がる。間違いなく、寝坊を認識した瞬間の心拍数を超えているだろう。
「あ、え、あう」
上手く言葉を発することができない。母音しか口にできない呪いにでも、かかってしまったのだろうか。
「とりあえず免許証チェックしよっか」
職質みたいな文言と共に、整った顔を近づけてくる。この顔面偏差値の暴力は、コミュ障の俺には刺激が強すぎて視線を外す。外した先は、更に刺激が強い箇所だ。
ピンチな状況にも関わらず、谷間を凝視する俺を誰が責められようか? 顔を直視するのが辛いというのもあるが、ゆるい胸元の視線吸引力が強烈すぎるのだ。
「はーい、抵抗しないでねー」
ベンチに座っている俺に覆いかぶさるような体勢で、俺の尻ポケットから長財布を抜き取る。状況の整理が追い付かず、頭の中が真っ白になっているが、それでも興奮した。男って本当に馬鹿。
「ほい、写メお願い」
財布から抜き取った俺の免許証を、仲間の方に向けて写真を撮らせる。
(こ、こっちもデカくね?)
非常にまずい状況な気がするが、展開についていけない俺は、顔を動かせば埋まるくらい間近にある尻にしか意識が向かない。小学生時代でさえ、ここまで異性と近づいた記憶が無いのだから、こうなってしまうのも無理はない。
「OK。顔と名前と住所もバッチリ」
カメラの音と、聞き捨てならない台詞でようやく我に返る。
「か、勝手に何を……うぐっ」
免許証を奪い返すべく立ち上がろうとしたが、頭を押さえつけられる。女性相手に情けなく見えるかもしれないが、これは物理的な問題だ。座っている相手ならば、子供でも指一本で大人を押さえることができる。難しいことはわからないが、立ち上がる際に必要な重心の移動を妨害されているからだろう。
こんな状況でも、チラ見えする脇に目がいってしまうのが情けない。いや、ある意味では肝っ玉が据わっているのかもしれない。
「あの、お金とか持ってないです……本当です……」
風の音一つでかき消えるほど、か細い声で命乞いをする。なぜ、俺のような善良な一般市民が、悪辣なオヤジ狩りに遭わねばならないのだろうか。相手が小汚い田舎ヤンキーではなく、美形の女性五人というだけ幾分かマシなのだろうか。いや、よく見たら一人、女性じゃないぞ。中学生かそこらの、少年っぽいのが混ざってるけど、誰かの弟か? いや、そんなことはどうでもいい。
どうすれば切り抜けられる? ちょっと近くで胸の谷間を見たくらいで金を取られちゃ、たまったもんじゃないぞ。
「へぇ、お金がないから貢がせてたんだ」
「な、なんのことで……いっ!?」
別に江戸っ子になったわけではない。財布を顔面に投げつけられ、うめき声が出ただけだ。よりにもよって、長財布の側面でピンポイント爆撃するなど、性格が悪いとしか言いようがない。
「ごめん。わざとじゃない」
ぶつけた犯人と思われる、不思議っ子のような女性が謝罪する。顔にぶつけるつもりはなかったという意味だろうか。何にせよ、投げつける時点でアウトなのだが。
「もう気付いてんでしょ? 痛がるフリしてないで、こっち見なよ」
鼻にクリーンヒットしたため、決して演技ではないのだが、お構いなしに頭を鷲掴みにされる。
「皆で黄色の服を着てオフ会なんて、本気ですると思ってたの?」
やはりか。オフ会の人数は五人で、彼女達も五人。そして、これまでの台詞。間違いないだろう。
どうやら俺は、釣り人ではなく魚だったらしい。
「ホント、男って皆馬鹿だよね」
聞き飽きたフレーズが、妙に心を抉る。
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