第52話 トラウマを乗り越えろ

「…………ち」


 目が覚めた。

 起きていきなり舌打ちをしたのは生まれて初めてかもしれない。


 今日はいよいよ怪盗バトルロイヤルの日。

 でも寝る前の充実した気力は消えうせていた。


 最悪だ。

 よりによって、当日にあんな悪夢を見るとか、まるで運命の呪いだ。


「おはようございます、マスター。良い朝ですね」


 隣ではフォトが座っていて天井を見上げていた。

 それが妙に絵になっており、不覚にも美しいと思ってしまう。


 本当に黙っていたら綺麗な子である。

 ただ、少し違和感だ。

 妙に真面目な雰囲気を感じる。

 フォトにしては珍しい。


「マスター、何を恐れているのです? 今のあなたは最強の怪盗です。周りの無能どもに怖がる必要など無いのです」


「……え?」


 フォトは天井を見上げたまま語る。

 まるで僕の今の気分を知っているのような発言だ。


「まあ、その……夢は無防備というか、サポーターと繋がりやすいので……」


 フォトの奴。僕の夢を覗いていたのか。

 嫌な過去を見られてしまったじゃないか。


「マスターが喋ることを止める必要など最初から無かったのです。今のマスターの周りには味方しかいませんよ。だから、ライブでも決め台詞でも恐れる必要はありません」


「君はあの過去を見たうえで、それでも恐れなくていいと言うのか?」


「ええ。なに無能共が言うくだらないことを真に受けているのですか。あなたの価値はあなたが決めなさい。それで不安なら私がいます。私があなたの価値を証明しますよ」


 僕の価値……か。

 どうしてフォトはこんな僕にそこまで価値を見出すのだろうか。


「あなたの夢を見て気付いたのです。昔はきちんと認知されていましたよね。無能共の言うことを真に受けて、あなたは自らの力を使って存在感を消した。無意識に……ね」


 確かに……僕の存在感が薄れてきたのもあの日からだ。


「きっと本当のあなたは人よりだったのでしょう。それを察知した無能共が慌ててあなたを抑え込みに来たのです。無能ほど他人を下げて自分を大きく見せます」


 僕が『持つ』人間?

 まったく、本当にこの子は厨二病だな。


 でも僕の為に言ってくれているのはよく分かる。

 フォトのことだからどうせこじつけだろうけど、それでも嬉しい。


「どうです? 少しは気が楽になってきましたか?」


「そうだね。ま、一応お礼は言っておくよ」


「ふっ、当たり前のことをしただけですよ。私は高性能ですからね!」


「ああ、僕から見た君は紛れもなくだ」


「…………へ?」


 フォトが意外そうな表情となった。

 本人的には自虐でツッコミ待ちだったらしい。

 でも、本当にそこまでを出せるフォトは高性能だと思う。


「こ、こほん。とにかくマスター。勝っても負けても今日で全てが変わります。でも、どうせなら勝って変わりましょう。落ち込んでいる余裕なんてありませんからね!」


「それに関しては同感だよ。だからね」


「では、行きましょうか。大会で見せつけてやります。ここに愚民どもが知らない最強怪盗がいるのだとね」


 最悪だったコンディションはいつの間にか最高になっていた。

 さっきまでの自分が嘘のようだ。

 今なら逆に勝てるビジョンしか浮かばない。


 コミュ障怪盗クチナシ。

 ポンコツサポーターのフォト。


 間違った僕たちが全ての怪盗の頂点に立つみたいな夢物語を少しは信じていいかもしれない。


 この大会が終わった時、僕は大きく変われる。

 本当にそんな予感がしていた。

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