第34話 怪盗さん、これからもよろしくね!

 窓から飛び出して、屋上まで一気に駆け上がる。

 ここが決め台詞を言うのに適した場所だ。


 周りからは大きな歓声。

 気付いた警察が向かってきているが、かなり遠い。


 ここなら決め台詞を言って離脱するくらい時間の余裕はありそうだ。


『おおっと、怪盗クチナシ。お姫様抱っこをして出てきたぞ! 羨ましいですな~』


 実況うるさい。

 こっちは緊張で気絶しそうなんだぞ。

 童貞の苦労を少しは分かれ!


 気苦労もさることながら警察も迫ってきている事だし、さっさと終わらせてしまおう。


「ごめん、フォト。それじゃ、決め台詞をよろしく」


 今回は失敗できないし、決め台詞はフォトに任せていいだろう。

 練習はお休みです。


「はらひれほろ~」


「ってフォト? お前、まだ気絶してたのかよ!?」


 さっきは強くデコピンをかましすぎたか。

 ちょっと怒りで力みすぎたかもしれない。


 童貞の怒りが強すぎたせいで何気に大ピンチである。

 このままでは決め台詞が言えないぞ。


「怪盗さん? どうしたの?」


「いや、その……」


「あ、そっか。会話が苦手だから、決め台詞はフォトちゃんに任せていたんだね?」


 さすがは成績トップの姫咲さん。

 あっさりと僕たちのカラクリに気付いたようだ。


「よし。それなら私がフォトちゃんの代わりに台詞を考えてあげるよ。怪盗さんは私の言葉通りに言ってくれたらいいからね」


 それは助かる。

 フォトがダウンしている今、姫咲さんの助けは非常に心強い。


 僕は小型マイクをオンにして、姫咲さんが耳打ちしてくる言葉をそのまま発した。


『この娘は僕が頂いて結婚する。今から好き放題してやるぜ。ぐへへへ』


 って、ちょっと待った!

 なんだこの台詞!?


『おお、なんという鬼畜怪盗! 哀れ。純真な美少女は怪盗の毒牙にかかってしまったのでした。警察は彼女を守りきることがでなかったのです。これにてバットエンドでございます!』


 バットエンド扱いされてしまったし。

 僕、完全に悪者じゃん!


 今のは僕じゃない、と叫びたいがコミュ障にそれは不可能である。

 諦めて帰ろう。


 なぜが沸きあがる歓声を背に僕はその場を離脱。

 人気の無い場所まで移動して、姫咲さんを地面に降ろした。


「はあ~。もう、姫咲さん。意外と悪戯好きなんだね」


「あはは、ごめんね。やりすぎちゃったかな」


 悪戯っぽい笑顔で舌を出す姫咲さん。

 ようやく終わったものの、とんでもない遊びに突き合せれてしまったものである。


「でも、楽しかったな」


 姫咲さんが夜空を見上げる。

 つられて僕も見上げると、星が綺麗に輝いていた。


 都会なので空気が悪いと思っていたが、そうでも無い。

 これも町の科学力なのだろうか。


「私さ、昔は社長令嬢として生きていくために、パパからとても厳しくしつけられていたんだ。毎日とても辛かったんだよ。でもそんなある日、怪盗さんが外の世界に連れ出してくれた」


 姫咲さんの横顔を見る。

 それは教室では絶対に見せないような儚い表情だった。


「凄く楽しかったな。世界には夢みたいなことがあるんだって思ったよ。でもそれは一晩だけの怪盗さんの気まぐれだった。もう一度でいいからあの夢みたいな体験がしたかったんだ」


「それで、あんな無茶なお願いをしたのか」


「うん。怪盗さんは今度こそしっかりと私を盗んでくれた。おかげで私は満足だよ」


 そして、姫咲さんは僕の方に向き直ってクスリと笑う。

 満足してもらえたようでなによりだ。


「でも、こんなことをしてよかったの? お父さんに知られてしまったら怒られるんじゃ……」


「あはは、大丈夫だよ。もう今は私の方がだから。私の手腕を見たら誰にも文句は言わせない。それがたとえパパでもね」


 父の厳しいしつけよりも姫咲さんの怪盗愛の方が勝ったようだ。

 最後は愛が勝つというわけだ。


「怪盗さんがいなかったら私、きっと捻くれて歪んだ子になってたと思う。まあ、怪盗さんのおかげで別方向に歪んじゃったかもしれないけどね、あはは」


 そうかもしれないが、そっちの方が姫咲さんらしいし、それでいいと思う。


 それに僕も歪み具合なら人の事は言えない。

 ベクトルは別だが、僕たちは似た者同士かもしれない。


「夢を叶えてくれてありがとう。たくさん迷惑かけて、ごめんね。もう、これっきりだから」


 姫咲さんが深く頭を下げる。

 それは決別の意味にも見えた。


 賢い彼女の事だから、本当は自分のお願いが我儘だと気付いていたんだ。


 僕の方はというと、確かに今回は振り回されてしまった。

 ただ、それでも……


「あのさ、また遊びたくなったら言ってよ。僕で良ければ付き合うよ。人と関わるのは会話の練習になるし、僕の為にもなる。まあ、今回もちょっとだけ面白かったしね」


 自分でも驚くほど言葉が出た。

 いつの間にか姫咲さんに対しては普通に喋れるようになっている。


 もしかしたら僕の中で彼女に対するが生まれたのかもしれない。


 姫咲さんの方は大きく目を見開いていた。よほど今の言葉が意外だったようだ。


「本当にいいの!? 私、怪盗さんと一緒にいても迷惑じゃない?」


「というか、会話の練習に付き合ってほしいし、それはこっちの台詞だよ」


「……っ! ありがと! やっぱり私、怪盗さんが大好き!」


 コミュ障の僕と怪盗が好きすぎる姫咲さん。

 傍から見たら変な友達関係に見えるかもしれないけど、それでもいいんじゃないだろうか。

 ある意味、僕にはぴったりかもしれない。


「ふん。マスターも少しは成長したようですね」


 胸元からフォトの声が聞こえてきた。

 いつの間にか目を覚ましていたらしい。


「たった今、目覚めたんです。まったく、パートナーにデコピンするんじゃありません!」


 プンプンと頬を膨らますフォト。

 ちょっといい雰囲気だったのに台無しである。


「姫咲さんも時間がある時でいいので、マスターの会話の練習に付き合ってあげてください。このコミュ障を少しでも治すのです。今回は本当に酷い目に遭いましたよ」


「はいはい、悪かったね」


「ふふ、そうだね。楽しみだよ。これからもたくさんお喋りしようね、怪盗さん」


 クラスのアイドルで怪盗好き。

 でも色々とまともじゃなかった姫咲さん。

 これからは会話の練習相手としても付き合う事となりそうだ。

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