第33話 姫咲さん、救出!

 正面の大きな扉を開けた先に姫咲さんはいた。

 姿だけは本当に儚いお姫様だ。


「え? 怪盗さん!? もう来てくれたんだ! 感激だよ!」


 僕の顔を見た瞬間、彼女の顔が一気に嬉しそうになった。


 とんでもない目に付き合わされたが、この無邪気な笑顔を見ると許してしまいそうになる辺り、僕もまだまだ甘い。


 どうせなら『今の君の笑顔が最高の報酬だよ』とか言ってみたいが、コミュ障の僕にはあまりにも難易度が高い。


 そんな台詞は一生言えないだろう。


「マスター、姫咲さんの笑顔が何よりの報酬ですってさ」


「え? それ……本当? 怪盗さん、そんな風に思ってくれているの?」


「ちょ……フォト? 勝手に心の中の台詞を言わないでくれる?」


「いいじゃないですか。良い台詞でしたよ。ご自分で言えたら100点満点です」


 台詞自体は悪くなかったらしい。

 まあ、自分で言えるのは何年先になるか分からないが。


「でもよかったよ~。よく考えたら新人さんにAランクをお願いするなんて無茶だったよね」


「まあね。正直、かなり骨が折れたよ。本気で捕まる所だった」


「あれは単なるマスターの自爆ですけどね」


「うっさい!」


「うん、今回はが出なかったから、まだマシだったかもしれないね」


 …………なにそのヤバそうな名前。怪獣?


「前に言っていた巨大ロボですよ。あれはもっと大掛かりなミッションにしか登場しません」


 さすがの僕も怪獣の相手はできない。

 そんなのが出なくてよかったよ。


 檻を開けて姫咲さんを解放する。

 この檻は中からは開かないが、外からは簡単に開けられる構造のようだ。

 これにて、今宵のお宝はいただきである。


「ふふふ、これで私、怪盗さんのになっちゃったね」


 ちょっと誘うような笑顔の姫咲さん。怖いです。

 なぜだか食べられそうな予感がした。


 なんで誘拐する側の僕がこんなにビビらなければならないのか。

 立場、おかしくない?


「まあ、そうですね。マスター、どうせならこの機会に童貞を卒業させていただいたらどうですか? 今のあなたにはその権利がありますよ」


「なんで僕が童貞って前提で話が進んでいる?」


「おや、これは失礼。経験がおありでしたか?」


「……………………無い」


「ぷっ」


 くそ! こいつ、笑いやがった!

 人形のくせに本当に生意気だ!


「別にいいけどね! さ、行こう。姫咲さん。…………姫咲さん?」


 姫咲さんの方を見ると、彼女は顔を真っ赤にして俯いていた。

 珍しく乙女の表情である。


「む? この反応……ひょっとして、姫咲さんも処女なのですか?」


「はう!」


 どうやら図星らしい。

 姫咲さんの反応もそうだが、僕としても意外な事実であった。


「はあ~、クラスカーストのトップのリア充がまだ未経験とは嘆かわしい。この手の経験は多い方が女としての魅力は磨かれるのですよ。あなたもまだまだお子様というわけですな~」


 なぜ人間ですらないフォトさんがクラスカーストを気にして、処女がどうとかでマウントを取っているのだろう。


 いつも思うけど、変な所に拘りがあるよな。


 それを聞いている姫咲さんは笑顔なのだが、次第にこめかみに血管が浮き出てきた。


 あ……姫咲さん、珍しく怒っているな。

 ちょっとレアな場面かもしれない。


「愛しい私の怪盗さん、お願いがあります。フォトちゃんを黙らせてください」


「了解しました、姫」


 フォトに特大のデコピンをかましてやると、彼女は「ぎゃふん」と叫び目を回す。


「ざまあみろ。童貞を馬鹿にしたら、こうなるんだぞ」


「やったね! 私たちの勝ちだね。ふふ」


 二人で笑い合う。

 今、一瞬だけあの姫咲さんと良いコミュニケーションを取れた気がした。


「それじゃ、行こっか。……あ、そうだ。怪盗さん、もう一つお願いしてもいいですか?」


 姫咲さんが上目遣いでこちらを見て来る。

 なんだろう。


「えっとね、『お姫様抱っこ』で連れて行って欲しいな」


「……う」


 簡単なようで難しい注文。

 童貞の僕には刺激が強すぎる内容だ。


 ただ、非常に理にはかなっている。

 まだ外には警察がうようよしているだろう。


 警察の追撃をかわし、決め台詞を言って逃げ切らなければならないが、ドレス姿の姫咲さんは当然ながら俊敏な行動などできない。


 それなら両手が塞がってでも、お姫様抱っこをした方が効率は良い。


「分かったよ。……えっと、失礼します」


 ひざ元から姫咲さんを抱える。

 怪盗の力のおかげでもあるが、とても軽かった。


 しかもめちゃくちゃ柔らかくていい匂いがします。

 これは理性を抑えるのが大変だぞ。


「えへへ~。怪盗さんがお姫様抱っこをしてくれたよ~。あ、写メ取っちゃおう」


 こっちの気も知らずに嬉しそうな姫咲さん。

 無邪気なものである。


 本当にこの場で童貞を捨ててやろうか、と思いつつ、そんな大それたことができないのは誰よりも僕自身がよく分かっていたのであった。

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