第31話 冷静になりましょう

(では変装セットを使用します。警察に化けるという事でよろしいですね?)


(うん。それでいい)


(了解です。それではいきますよ。ワン、ツー、ドロン!)


 フォトが手品師みたいな台詞を発した瞬間、僕は煙に包まれた。


 一瞬視界が塞がれたが、煙が解けた頃には自分の服装が変わっていた。


(こんな感じでいいですか?)


 客観的に見れるように、フォトが僕の姿を小型のバーチャル映像にして見せてくれた。


 そこにはどこをどう見ても、普通の警察にしか見えない自分がいる。


(か、完璧じゃないか。これは驚いたよ)


(ふふふ。そうでしょう? これがレアアイテムの力ですよ)


 さすが激レアだというだけある。

 他の人が見ても怪盗が変装しているなんて絶対に気付かれまい。

 まさか怪盗が紛れているなんて夢にも思わないだろう。


(これなら楽々突破できますね。後々になって『ばかもん、そいつがクチナシだ』とか言わせてやれば完璧ですな。くははは)


(はいはい。ま、安心なのは間違いないね)


 僕は素知らぬ顔で物陰から登場した。

 そして、そのまま最終防衛ラインを進んでいく。


(く……ですが、もし万が一この場で変装が見破られてしまった場合、我々は完全に終わりです。どんな怪盗でも突破する術は無いでしょう。絶対にバレてはなりませんぞ)


(……分かってる)


 ここは完全に警備のど真ん中で、言うならば囲まれている状態だ。


 この状態で正体を見破られてしまったら、確実に詰みである。嫌でも心に緊張が走る


 フォトも彼女にしては珍しく、不安げな感覚が伝わってくる。


 今は最大のチャンスであると同時に、最大のピンチであると悟っているようだ。


(マスター。こんな時、絶対にやってはいけないのはです。逆に言うならば。これが怪盗としての極意だと思ってください)


(確かに……パニックになったら終わりだよね)


(ええ。怪盗にトラブルはつきものです。ですがそんな時、どう落ち着いて対処できるかで怪盗の真価が問われます。大丈夫、もしパニックに陥りそうになったら私の目を見てください。きっと私があなたを落ち着かせて見せますから)


 初めてフォトが頼もしく思えたかもしれない。

 そうだな、何かあった時は焦らずフォトと相談すればいい。

 二人ならきっと何とかなるだろう。


 ただ、警察の反応を見る限りでは全く怪しまれていない。

 大丈夫、このまま行けるはずだ。


「異常は無いか?」


「はっ! 異常無しであります!」


 目の前の警察がお互いに敬礼をして、状況を確認していた。

 よく見たら周りは全員が同じような事をしている。


 俗に言う定時連絡というやつだろうか。

 当然ながら、僕の前に現れた警察も同じように敬礼をしていた。


(マスター、このまま何もしなければ怪しまれてしまいます。相手に向かって敬礼を返してください。ピシっと背筋を伸ばしてやるのですよ!)


(了解)


 言われた通りきちんと意識して敬礼をした。

 自分ではなかなか悪くないと思う。


(おお! 完璧じゃないですか。どう見ても警察そのものですよ)


 フォト先生からも絶賛の言葉を頂いた。

 なんとなくだが、うまくいったようでなによりだ。


「ふむ、異常は無いか?」


 続いて警察が僕に質問してきた。

 鋭い目線が僕を突き刺すように睨み付けてくる。


(この調子で質問にも答えてください。黙っていては不審に思われます)


(任せろ!)


 そうして僕は返事をした。



「は、は、は、はい。い、い、異常は……あ、あ、あり、ありま……せん」



「……………………」


 一瞬の静寂。そして……


「貴様ぁぁ! 何者だぁぁぁ!」

「マスターのバカぁぁぁ!」


 警察の怒鳴り声とフォトの叫び声が同時に聞こえてきた。

 周りの警察が一斉に腰から拳銃を抜いて僕に標準を合わせて来る。


「く、どうして気付かれたんだ!」


「気付かれるに決まってます! このコミュ障!」


 勢いで行けるかなと思ったが、そんなことはなかったよ。コミュ障は辛いよ。


 僕は変装グッズを脱ぎ捨てて、臨戦態勢を取る。

 こうなればやるしかない。


「あいつがクチナシだ。あのコミュ障っぽくて、まぬけな怪盗だ!」


「おお、フォト。夢が叶ったじゃないか。こんな感じの台詞を言わせたかったんだよね?」


「全然嬉しくありません! ダサいです!」


 完全に囲まれていて不利な状況。

 いくら僕でもこの場面の突破はかなり厳しい。


 だがこんな時、決して忘れてはいけないのが『パニックにならない』だ。

 さっき言われたばかりじゃないか。

 これは僕の怪盗としての真価が問われる時なのだ。


 冷静に。落ち着いて対処すれば、きっと巧妙は見えるはずだ。

 ここは力を合わせるんだ。


「フォト、突破口を切り開こう。何かいい案はあるか?」


「あわわわわ。終わりです、我々はもう終わったんです。あわ、あわわ」


 って、こいつ。完璧にパニックになってやがる!

 言った本人がパニックになってどうする!?

 本当にメンタル面でもポンコツだな!

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