第21話 決めセリフの練習をしましょう

 一時は危うかったが、他は特に問題なくその日の授業は全て終えた。


(ふう、なんとか正体を知られずに乗り切りましたね)


(まあ、これが普通なんだけどね。今日が特別なんだよ)


(マスターの学校生活はよく分かりました。本当に存在感がありません)


(学校へ来ても何も面白くなかっただろ? それじゃあ、帰ろうか)


 結局フォトに嫌な部分を見られてしまっただけだ。

 気分はモヤモヤである。


(ちょっと待ってください。最後に屋上へ行ってもらってもいいですか?)


 フォトはなぜか屋上へ行きたがっている。

 何か用でもあるのだろうか?


 真っ先に思いついたのは、バカと煙は高い所が好きという言葉だが……


(聞こえましたよ! 失敬な! いいからさっさと屋上へ行きなさい)


(はいはい)


 つい思考が漏れてしまったらしい。

 フォトの機嫌を直す為にも言う通りにしておこう。


 屋上……昔は危険なので立ち入りは禁止とされていたらしいが、この怪盗指定都市は安全性が完璧に確立されているので、自由に出入りが可能である。


 とはいえ、好き好んで屋上に行きたがる人なんて珍しいので、滅多に人は来ない。


「はい、着いたよ」


 屋上へ到着。

 予想通り、誰もいなかった。

 いい景色で僕的にはスポットなんだけどな。


 ただ、今日の屋上は太陽が雲に覆われていて、お世辞にも絶景とは言えない。


 ちょっとタイミングが悪かったか。

 そんな事を考えていると、フォトが勢いよく鞄から飛び出した。


「はあ~。鞄の中は窮屈でいいかげん息が詰まります。ああ、太陽! なんて素晴らしい光でしょうか!」


「……今は曇っているんだけど」


 僕のツッコミも無視して伸びをするフォト。

 屋上へ来た理由はずっと鞄の中にいて窮屈だったかららしい。

 まあ、丸一日狭い鞄にいたら外に出たくなる気は分かるが……


「ねえ、フォト。姿を見せていいの? 誰かに見られたらまずくない?」


「大丈夫ですよ。認識疎外がありますし、どうせ誰も来ません」


 さっき自分で油断は禁物とか言っていたのだが、本人は綺麗さっぱりに忘れているらしい。

 まあいい。僕は人の気配には敏感だ。


 もし誰かが来ても、ここに入ってくる前にフォトを鞄に押し込んでやれば問題は無いだろう。


「さて、マスター。今日一日マスターの行動を見させてもらいましたが、全く喋っていませんでしたね。このままではコミュ障なんぞ永久に治りません」


「辛辣だね。その通りだけどさ」


「というわけで、今からフォト先生の授業を開始します。コミュ障克服の練習をする約束でしたよね? 今日から放課後はここで練習ですよ」


 そういえば、そんな話もあった。

 忘れっぽいくせにこういう部分はよく覚えている。


 自分に都合の良い部分に関してはポンコツではなくなるのだろうか。

 いい性格しているよ。


「とりあえず、コミュ障克服は置いておいて、まずは決め台詞の練習からです。怪盗として人気を取れるようになって粛清を回避しましょう。話はそれからですね」


 現状の最大の問題点はステルスが暴走してしまって、僕の存在が認知されない部分だ。


 決め台詞に慣れてビビらないようになれば、観客も僕の事を忘れないようになるとの話だ。


「ではマスター。今から私が言う台詞をできるだけかっこよく言ってください。台詞は『やあ、子猫ちゃん。俺に惚れちまったかい?』です。さあ!」


 いきなりハードルが高くない!?

 できれば普通の台詞からがよかったのだが……


「えっと……や、やあ、子猫……ちゃん。俺に惚れ、惚れ……ってだあああ! 無理だよ!」


「この程度で恥ずかしがっていたら永遠に人気なんて上がりませんよ。あなたはまずはその照れ屋な性格を何とかしなさい」


 どこから取り出したのか、小型の鞭で地面をピシピシとたたくフォト。

 ノリノリである。


「ほれ! もっと声を大きく、そしてキザったらしく!」


 キザな奴は嫌いとか言ってなかったか?

 なぜそんな臭い台詞を言わせたがるのか。


「ふふ、恥ずかしがっているマスターは可愛いです。これは良いストレス解消になりますな」


 こいつ、僕を使って遊んでやがる!

 というか、なんで人形にストレス解消が必要なんだよ!


 フォトめ。完全に僕が言えないと思っているな?

 馬鹿にされてたまるか!

 僕だって本気になったらそれくらい言えるんだぞ!


「や、や、やあ、子猫ちゃん。お、俺に惚れちまったかい?」


 恥ずかしさを堪えて言ってやった。

 どうだ?


「お、おお。やりますね。では今度はもっと大きな声で!」


「まだ言うの!?」


「当然です。大きくハキハキと言えなければ意味がありません、さあ!」


 くそ、この人形め。

 無駄にスパルタにハマっている。

 仕方ない、ちょっと付き合ってやるか。


 しかし、こんな歯の浮く台詞を一人で屋上で吐いているとか、誰かに見られたら一生の恥だな。



「えっと、梔子君? こんな所で何をやっているのかな?」



 そう思った瞬間、女子の声が入り口付近から聞こえてきた。

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