第16話 学園のアイドルとエンカウント!

 ライブ会場から離れた僕は、人気の無い路地裏へと移動してフォトを睨み付ける。


「こら、フォト。なんてことをしてくれたんだ!」


「はて、マスター。何を怒っているのですか?」


「あんなの全然僕じゃないよ! というか、あんな変なことを言っちゃったら、もう怪盗なんてできないよ。どうするのさ」


「ああ、決め台詞を気にしているのですか。あれくらい普通ですよ。まあ、ちょっとお客様の好感度を上げるためにサービスをしましたが……あ、物足りなかったです?」


「逆だよ! やりすぎって事!」


「そんなことないですよ。むしろアピールが弱いくらいです。あれでいいのです」


「…………そういうものなの? ほんと?」


 やたらと自信満々のフォト。

 確かに僕には決め台詞関連の事はよく分からないが……


「でも、マスター。勝手に自分の声を使われたくなかったら、きちんと自分で決め台詞を言えるようになりましょうね♪」


 く、そこは正論だ。

 僕が初めから自分で決め台詞を言えたら、フォトが僕の声を使う必要も無くなる。


 ここは素直に反省して、精進することにしよう。

 とにかく、これでようやく怪盗の仕事も終わりだ。

 長い一日だった。


「はう! 怪盗クチナシさん!?」


 その時、可憐な声が僕の耳に入った。

 しかもこれは聞いたことのある声だ。


 見てみると、そこにいたのはクラスのアイドルである姫咲さんであった。

 こんな路地裏で会うとは意外だ。


 センス抜群の私服姿である姫咲さんは、普段よりも三割り増しくらいで美少女である。

 さすがはオシャレの達人にして学園一のモテ女子だ。


 どうして彼女がこんな所に?

 もしや僕のライブを見に来ていたのか?


「ああ、なんてこと。家への近道を使ったら、怪盗さんに会えちゃったよ」


 この路地裏は姫咲さんの家への裏道だったらしい。

 偶然出会ってしまったわけだ。


 年頃の女の子がこんな人気の無い路地裏を通るなんて、注意したい所だが、当然ながら僕にそんなコミュ力は皆無である。


 どちらにしても最底辺の僕が説教などおこがましい話だ。


(これは緊急事態ですよ。一般人に見つかってしまいました!)


 警戒したフォトが僕の脳内へと話しかけてくる。

 そこで僕はルールを思い出した。


 


 つまり、怪盗行為が終わったにもかかわらず、この姿を見られるのは、あまりよろしくないという事になる。


「えっと。あの……私、怪盗さんのファンなんです。サイン……貰えないですか?」


 そんな事を考えていたら、姫咲さんが上目遣いで僕に話しかけて来た。

 普段の彼女からは想像もできない魅惑的な表情だ。

 妙にそそられてしまう。


(む? 相手は戸惑っていますね。これはチャンスです。私に任せてください)


 フォトが何か打開策を見出したらしい。

 どうするつもりだろうか。



『やあ、可愛いお嬢さん。見つかってしまったね』



「っ!?」


 再び僕の声を勝手に使うフォト。

 しかもこの上なくキザな台詞だ。


 勝手に声を使われたら困る……と言いたいが、今は緊急事態なので仕方ない。


「ええ!? か、可愛いって……私のことですか!?」


 姫咲さんは顔を真っ赤にして潤んだ瞳を僕に見せてきた。

 それは完全に恋に落ちた乙女の瞳だった。


 フォトが今まで発した台詞、ひょっとして本当に効果が高いのかもしれない。

 女の子ってこんな台詞でも喜んでくれるんだな。


 僕は心の中でフォトに謝ると同時にいつかは自力で同じような事をしなければならないのか、とちょっとハードルが上がった気もした。


 それにしても、あの憧れの姫咲さんが一人の女の子として僕に恋い焦がれる目を向けている。


 普段は決して見られないそんな彼女の姿に、僕は少しドキリとしてしまった。


(こら。なんでマスターまでボーとしているんですか。彼女が戸惑っている今がチャンスです。急いで離脱してください。相手が可愛いからってデレデレしてやがるんじゃありません!)


 フォトめ。いちいち一言多い奴である!

 全部正解なんだけどさ!


 とりあえず、フォトの言う通り、そのまま飛び上がって場を離脱する。


「……あっ」


 去り際に姫咲さんの恋しそうな顔が目に入る。

 ……ちょっとかわいそうだったかな。

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