第15話 最強のコミュ障怪盗とポンコツ毒舌人形 その2
今から僕の最大の試練、決めセリフが始まる。
窓から外へ出て、屋敷の屋上に立つ。
かなり高い場所なのでちょっと風がきつい。
もうすぐ夏が近い。
頬を撫でる夜風は冷たいと同時に心地よさも感じさせてくれた。
ああ、いい風だ。
ずっとこの場所で風を感じていたい。
そんな気持ちすら抱かせてくれる。
「いや、なにかっこつけて現実逃避してるんですか。もうすぐ決め台詞ですよ。集中なさい」
「……う」
はい、全て僕の現実逃避でした。
でも、仕方ないでしょ!
コミュ障の僕がこんな大勢の前で喋れなんて拷問だよ!
『さあ、ライブが開始してからちょうど五分が過ぎた所です。今頃、屋敷の中では宝を巡っての攻防が行われているのでしょうか?』
そんなやり取りをしていたら、実況の声が聞こえてきた。
所々で監視カメラの映像も映し出される。
観客の皆さんは必死になって僕を探しているようだ。
「とっくに終わっていますよ」
ふふっ、と笑いながらフォトが遠目に見える実況に答える。
彼女としてもこの速さで宝を盗んだことは自慢らしい。
本来は僕が自慢するべきことなのだろうけど。
「では締めといきましょう。ここは目立つので、しばらくすると向こうが気付いてくれます。とりあえず成功を証明するため、宝石を出しておいてください」
「……うん」
この場所は屋敷で一番目立つ場所で、ここに来ている全員の目が当たる場所でもある。
僕は宝石を手に持ちながら周りが気付くまでの間、辺りを見回してみた。
凄い人数だ。
これで少ない方というのだから驚きである。
「おっと、忘れていました。これをお持ちください。小型マイクです。スイッチをオンにすれば、マスターの声がここにいる全員に聞こえるようになりますよ」
僕の声が全ての観客に届く。
想像するだけでゾッとした。
これは予想以上に緊張するぞ。
『おお、いました! 怪盗クチナシだ! な、なんと……すでに宝石を盗んでいました! 何と恐ろしい怪盗なのでしょう! こんな新人は見たこともありません!』
僕に気付いた実況が興奮して声を上げた。
それを聞いた観客たちからも歓声が上がる。
「ふふ、良い反応です。どいつもこいつも驚いているようですね。マスター、嬉しいでしょ?」
「…………緊張でそれどころじゃない」
問題はここからだ。
この決め台詞がうまく言えるかどうかで今日の成功が決まる。
「頃合いですね。さあ、決め台詞を言ってください!」
ついにこの時が来た。
もう逃げられない。
観客は皆が僕に期待の視線を向けている。
くそ、いいだろう。
やってやる!
こうなったら、ここでかっこいい台詞を決めて、この町一番の人気怪盗になってやる!
僕は人々の感動の眼差しを十分に受け、ゆっくりと間を取った後、満を持して勝利の決め台詞を発した。
「ほ、ほ、本日は、お、お日柄もよく、ご、ご、ご来場された皆様におきましては……」
…………あ、やっちゃった。
どもりまくった上に何を言っているのか分からない。
そんな僕の決め台詞を聞いた観客の期待が、一瞬にして落胆へと変化するのを肌で感じてしまった。
「おうふ。なるほど」
隣ではフォトが額に手を当てて、大きなため息をついていた。
「本当に、あなたは最強のコミュ障の怪盗だったのですね」
終わった。全てが終わった。
やはり僕には無理だったんだ。
くそ! そんな目で僕を見るな。
ここにいる全員が今日の事を忘れてくれ!
「はいはい、ヤケにならない。ご安心を。私がきちんとフォローしてあげますよ」
フォロー?
そういえば失敗しても、フォトには切り札があると言っていた。
いったいどうやってこの状況を覆すというのか?
『やあ、失礼。ちょっと緊張して、噛んじまったぜ』
「っ!?」
いきなり『僕の声』が辺りに響き渡った。
でも僕は声を出していないぞ。
つまりこれは僕以外の誰かが喋っている。
そんな事をするのは一人しかいない。
(驚きましたか? これぞ私の持つ『変声機』の力ですよ!)
やはり彼女が犯人だったらしい。
つまり、今はフォトが僕の声を使って喋っている。
(マスター、今回はよく頑張りました。後は私にお任せください。決め台詞の基本ってやつを見せてあげましょう。マスターは私の言葉にあわせて動いてくれるだけで結構ですよ)
この先はフォトが決め台詞を言ってくれるらしい。
これが切り札ってワケか。
なるほど。
これなら僕が台詞を失敗してもフォローが効く。
普段からよく喋るフォトなら、きっとうまくやってくれるはず……
『ふっ。僕の姿に見とれちゃったかい? 子猫ちゃんたち』
って、ちょっと待て!
なんだその台詞!?
僕、そんなこと絶対に言わないんだけど!?
『ではさらばだ。また会おう。シーユーアゲイン!』
僕はフォトの言葉通りにその場を後にする。
口に出すのができない以上、僕はフォトの言う通りに動く操り人形となるしかない。
人形に操られる人間である。
僕は文句を言いたい気持ちを抑えてその場を後にした。
……しーゆーあげいん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます