第9話 怪盗ライブ
怪盗といえば華麗で美しく、何でもできる完璧人間というイメージがある。
特に変装が得意だと想像する人も多いのではないだろうか?
変装により性格までも他人になりきれるという事は、怪盗とはすなわち人の心理を完全に理解している存在だとも言える。
俗に言う人心掌握のプロだ。
少なくとも、人見知りの怪盗なんて聞いたこともないだろう。
だが、僕という怪盗は、残念ながら華麗でもなければ美しいと呼べるタイプでもない。
それどころかコミュ障だ。
そんな僕が果たして怪盗として成功するのだろうか?
「……来てしまった」
そんなわけで三日後。
僕は現地付近へと足を運んでいた。
フォトは僕の胸元へもぐりこんでいる。
まだ怪盗としての覚悟とか全く決まっていないのだが、大丈夫なのだろうか。
ここは現場から少し離れた建物の屋上だ。
この場所ならターゲットの屋敷が見えやすい。
屋敷はそこまで大きくない。
金持ちがいくつも所有する豪邸の一つなのだろう。
フォトは窮屈だったのか、僕の胸元から地面へ飛び降りて、屋敷を観察していた。
「ねえ、フォト。僕は大変な事に気付いてしまった。緊急事態だよ」
「む、どうしましたか?」
「ひ、人がたくさんいる!」
屋敷の周りは明るいライトで照らされており、そのさらに外側には観客用と思われるスペースがある。
驚くべきことに、そのスペースにはざっと見て百人近い観客で埋まっていた。
「うむ。ちょっと観客が少ないですね。ああ、物足りませんか?」
「逆だよ! 多すぎだろ! 百人はいるぞ!?」
「こんなの少ない方ですよ。人気怪盗だと余裕で千人とか突破しますよ」
「……嘘だろ」
怪盗ライブは人気だとは聞いていたが、まさかここまで人がいるなんて思わなかった。
特に僕なんか無名の新人だぞ。
そんな僕をこれだけの人数が見学しに来たのか?
「それだけ怪盗が人気というわけですね。特に新人は怪盗好きの目に付きやすいのです。多くの方がマスターに期待しているという事ですな。どうです、燃えてきたでしょう?」
「むしろプレッシャーになるんだけど」
「ちなみに観客の八割が女性の方ですよ。最高ですね!」
「余計に緊張するってば!」
失敗したら凄く恥ずかしい。
緊張しすぎて失敗とか普通にありそうだ。
『レディースエーンドジェントルメーン! さあ、いよいよやってきました。今宵も怪盗ライブが始まります! 今回勝利するのは我らが怪盗か? それとも憎き警察なのか?』
いきなり大きな声が辺りに響いた。
その声に並んで歓声も沸きあがる。
見ると、まるでアイドルのようなコスプレをした可愛い女の子がマイクを握って叫んでいた。
「えっと、あれはなに?」
「実況の方ですよ。場を盛り上げるためにいるのです」
そんな人までいるのか。
下手に盛り上げられてしまったら余計に緊張するじゃないか。
『今回挑戦する怪盗クチナシは、なんと新人君です! 今回が初仕事です! 皆様、温かい目で見守ってあげましょうね!』
「はーい!」
実況の言葉にノリの良い観客達が声を合わせて答えた。
歓迎されるのは嬉しいのだが、あまりハードルを上げられても困る。
「そう緊張しなくても大丈夫ですよ。マスターにはこの私がついています。何を隠そう、私は超高性能なのです。最高のサポーターなのですぜ!」
本当なのだろうか。
僕は内心でちょっと怪しんでいた。
漢字も読めないポンコツだし。
まあ、これだけ感情豊かに会話が出来るのだから、あながち嘘でもないだろうけど。
「ではマスター。怪盗として相応しい姿に変身しましょう」
フォトが指を鳴らした瞬間、光と共に僕の服装が変わった。
黒をイメージしたオシャレな服である。
暗闇に紛れるには有効そうな姿ではあるが……
「私が独断と偏見でイメージしたマスターの怪盗姿です。うん。闇属性っぽくて最高ですね」
「勝手に人を闇属性にしないでくれよ」
とんだ厨二病の人形である。
なんでロボットなのに厨二病なんだよ!
「でも、顔は変わっていないよ。これだと僕の顔を知っている人に正体を知られてしまうんじゃないか? バレたら怪盗の能力は剥奪なんだろ?」
まあ、存在感の無い僕の顔を知っている人がこの場にいるかどうかは置いておくとして。
「大丈夫です。怪盗のコスチュームには認識疎外の効果が付与してあります。マスターは別人として認識されているはずです」
認識疎外って……本当にぶっ飛んだ性能だな。
まるで魔法である。
「ちなみに私も普段は認識疎外を起動させています。よほど目立ったり大声を立てたりしない限り発見されることはありません。この力でマスターの家に入り込んだわけです」
「ああ。初めて会った時、いつの間にか足元にいたのはそういう事だったのね」
それは不法侵入なのですが……
まあ、そこは追及しないでおこう。
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