第4話 可愛い人形が怪盗へ勧誘してきた

 いきなり僕の足元に現れた小さな少女。

 一瞬、妖精のようにも見えた。


 でも、よく見ると関節のつなぎ目からそれが『人形』の体であることが分かる。

 まるで人間のように生きている人形だ。


「に、人形……人形が喋っている」


「その通り! ふふふ、驚きましたか?」


「これはまさか……呪いの人形か!?」


「ちげーよ! 誰が呪いの人形じゃい!」


 プンプンと頬を膨らましている人形。

 美しい見た目の割に思ったよりコミカルな仕草だ。

 確かに呪いの人形というタイプではなさそうだが……


「もう一度言いましょう! あなたは選ばれたのです!」


 両手を広げて『選ばれた』とか言ってくる人形。

 そうか、分かった。

 つまりこれは……


「詐欺だね。悪いけど、僕はその手には引っかからない。他を当たってくれ」


「詐欺じゃねーよ! せっかくに選ばれたというのに、その反応はなんですか!」


「怪盗?」


 ついさっきまで学校の女子達がその話をしていたところだ。

 その時に憧れの姫咲さんから逃げてしまった事を思い出して、少し胸が痛んだ。


「怪盗って……もしかして、公式で認められているあの怪盗のこと?」


「はい! 正解です! 実はあなたをスカウトしに来たのです」


 なんということだ。

 本当に妖精みたいなのが勧誘してきた。

 噂は本当だったのか!


「どんなにダメ人間で女の子にモテないゴミクズのあなたでも、怪盗になれば人生は一発逆転です! さあ、あなたも怪盗になりましょう!」


「誰がダメ人間で女の子にモテないゴミクズだ!」


「あ、失敬。つい、いつものキャッチフレーズを使ってしまいました。……テヘ♪」


 よく見ると、感情豊かでよく喋る人形である。

 でも、めちゃくちゃ口が悪い。


 妖精というより、悪魔と言った方がいいんじゃないだろうか。


 さっきの宣伝文句も完全に詐欺師のそれで、怪しい事この上ない。


 あと、そのキャッチフレーズはやめた方がいいと思う。


「それはともかく、怪盗になってみませんか? きっとあなたの為になりますよ!」


「断る」


 というわけで即決。

 僕はこの人形の勧誘を切り捨てた。


「は、はあ!? なぜですか? みんなが憧れる怪盗ですよ?」


 人形は世にも信じられないような目で僕を見ているが、それはこっちも同じである。


 あまりにも怪しい。

 簡単に信じても痛い目を見るのは間違いないだろう。


「あなたには怪盗の才能があるのですよ? もったいないとは思わんのですか!」


 なおも必死に食らいついてくる人形。

 確かに雰囲気だけでは嘘を言っている気配は無い。


 だが、怪盗の才能があると言われても複雑な気分である。

 盗む才能があるとか、そういう事なのだろうか?

 犯罪の才があったところで全く自慢にならない。


 でも『盗む才能』……か。

 となると、ひょっとしたらとんでもないものを盗んでしまえる可能性もあるのでは?


 例えば……女の子の心とか!


「あっ、少しにやけましたね? やっぱり、怪盗になりたいのでしょう?」


 しまった!

 つい顔に出てしまった。

 自分の中の憧れの心は消しきれない!


「僕に怪盗の才能があるって話は本当なのか? なにかの間違いじゃないのか?」


「いえ、きちんと理由があります。あなたはこの怪盗ゲームをたった一人でクリアーしました。それが才能ある証なのです。これは信頼してくれて構いません!」


「ちょっと待って。あんなゲームで怪盗の才能が分かるの?」


「もちろん! あのゲームは怪盗の才能を発見するために政府が開発した特殊ツールなのです。そうしてこの怪盗指定都市では、才能のある人物を怪盗に勧誘していたのです」


 とんでもない事を聞いてしまった。

 あのゲームにそこまで深い意味があったとは……


「そういえば自己紹介がまだでしたね。私の名前はフォト。怪盗をサポートする小型のロボットです。我々のような存在はと呼ばれています」


 この人形、ロボットだったのか。


 この怪盗指定都市は不可思議な技術が多いのだが、それでもこんな現実離れした存在がいたとは驚きだ。


 ロボというより小型アンドロイドだな。


「言っておきますが、あなたの才能は並ではありません。あなたは『最強の怪盗』になれる素質があるのです。怪盗になるために生まれてきたと言っても過言ではありません」


「ぼ、僕が……最強の怪盗」


 確かにあのゲームを一人でクリアーできるのは、人類でも僕くらいだ。


 それが怪盗の才能に繋がっているというのなら、この人形の話はまんざらでたらめでもない。


「ええ。僭越ながら、私もあなたを補佐しましょう。だから、ご安心ください」


 そう言って人形は笑顔でウインク。

 口は悪いが、見た目は本当に可愛い子である。


 人形と戯れる趣味はないが、これほど可愛い子と怪盗をやることができれば、それは実に楽しい怪盗ライフとなるだろう。

 まさに夢のような話ではある。


 だが、ダメだ。


 ここで甘い誘惑に乗ってしまうと、きっと後悔することになる。

 自分の弱点をもう一度よく思い出すんだ。


 そうすれば近い将来、このフォトという人形が僕に対して失望している姿が容易に想像できる。

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