第4章 雪の王子(第5話)


《第5話》


冷たく澄んだ空気が顔にかかる。

外と同じく城内の何もかもが氷で出来ていた。


「はぁ…はぁ…。」


私はボロボロの体で、氷の床に寝転ぶ。

ここは…外よりマシだ。

少しずつ身体感覚と体温が戻って、

手に力が入るようになってきた。


「王子…王子…。

助けに来たよ…。」


弱々しい声で王子に語りかけた。

でも返事はない。


少しだけ床で休んでから、

私は立ち上がって探索し始める。

どの部屋にも必要最低限の家具しかなく、

人の気配がまったくしない。


中央にある氷の螺旋階段を上り、

次の階へと行く。

次の階も、その次の階もまったく同じ作りで

最初は同じ所をぐるぐる回っているのかと思った。

けれど階段の横の数字は間違いなく

1つずつ増えている。

頭が変になりそうだ。


この城は何階まであるのだろうか。

上っても、上っても、終わりが見えない。


同じ扉を開けて、同じ部屋を調べて、

同じ階段を上る。


12階、23階、48階…。

54階、64階、87階…。


階数が非現実的な数字になってもなお、

それは終わらない。


107階と書かれた数字が見える。


私は前の階と同じように扉を開け、

室内を調べた。


「……あれ?」


さっきまでとは違う何かが壁に立てかけてある。

これは…鏡だ。

氷で出来たシンプルな鏡。

私は近づいて、ひんやりと冷たいそれを手に取る。


最後の壁や扉は映っているのに

何故か自分の姿は見えない。

身体だけ透明になったみたいだ。


…良くない予感がする。

でもこのとても小さくて、最悪の可能性を秘めた変化が私の心に刺激をくれた。

もう少しだけこの階段を上り続けようと

思わせてくれた。


部屋の外に出て、色々な場所を映すが

やはり私の姿だけが見えないままだ。


再び私は螺旋階段を上り、部屋を探索する。


110、135、141、159、167…。


また何か変化がないかと期待するが、

そんな奇跡は起こらない。


178、192、203、224、236…。


変わらない景色、変わらない静けさ。

扉を開けて、扉を閉めて。

足を動かして、階段を上る。


357階、と書かれた文字が見えた。


もう上るのをやめたいけど

今までの分を下るのも面倒臭い。


けれどやっと目の前に

いつもと違う何かが見えた。


胸がざわめき、高鳴る。


それは氷で出来たドレスだった。

無機質で、透明で、キラキラと輝いていて

私が着る為に作られたドレスのようだ。


ドレスを手に取ると

冷たく、シルクのようにツルツルとしていた。


当然のように、それが運命のように

私はドレスを身に纏う。

近くに置いてあった氷の靴も履いた。


「………。」


思っていた通り、私の身体にピッタリだ。

まるで自分の皮で作られたみたい。


カツン、カツン、と音を立てて室内を歩く。


…まるで自分の皮で作られたみたい?

違う、このドレスが私の皮なんだ。


心が冷たく澄んでいくのを感じる。

研ぎ澄まされた獣の本能のように、

冷酷で残忍な心が。


「ねぇ、ここから出して…。」


背後から声が聞こえた。

寂しそうな、怯えた声。


振り返ると、そこには王子がいた。

王子は私に駆け寄り、縋り付く。


「ここまで来てくれたんだね。

お願い、僕をここから出して…。」


私は王子の頬を手で撫でる。

その体温はゾッとするほど冷たく、

死体のようだった。

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