第4章 雪の王子(第4話)



《第4話》


シンイチくん、ごめんね。


あの日、シンイチくんは

ちゃんと罪を受け入れたのに。

私は怒られるのが怖くて、

自分を守る為に“知らない”って答えた。

なのに彼は私に恨み言の1つも言わなかった。

勿論、呆れ果てて軽蔑したからかもしれないけれど。


シンイチくんがこうなったのは私が弱いからだ。

弱くて、現実を受け入れられなくて

頭の中にある都合の良い世界に逃げたからだ。

シンイチくんにとって駅で叫ぶ事が幸せかもしれないのに、それを悲劇だと断じる傲慢な人間だからだ。

本当は自分の行動が人の人生を変えてしまうと思えるほど、自尊心が高い人間だからだ。


シンイチくんは私と違う。

きっとこの人はずっと戦って、主張して

でもどうにもならなかった。

だから、こうなるしかなかったんだ。


「シンイチくん、ごめんなさい…。

私は無力で…何も出来ない人間で…。

自分で作り上げた世界の中でさえも、

惨めに生きる事しか出来ない…。」


寒い、冷たい。

足が痛くて、もう歩けない。


私には力がなくて、耐えるのに精一杯で

ただ歩くという事さえ弱音を吐かないと出来ない。


分かってる。

こんな人間を愛してくれる王子なんて存在しない。


本当は分かってるんだ。

私の存在は、意志は、言葉は、

大切にしている心の奥底にある何かは…

私以外の全てにとって何の意味もない。


無駄で、ほんのり気持ち悪くて、

見下されて、薄ら笑いでゴミ箱に捨てられる。

客観的な価値がなければ、どんなものも他人に尊ばれる事はない。


何も変えられないし、誰からも愛されない。

誰にとってもどうでも良くて、

死んでも生きてても関係ない。


「だから…歩くしかないんだよ。

この世界で城にさえ辿り着けないなら

私は存在してはいけないんだ。」


そんなの現実と同じだ。

空想に逃げたのに今度はそこが現実になる。


嫌だ、受け入れて。

何もしなくても私を母胎の胎児みたいに受け入れてて、褒めて、肯定して。


「そんな都合の良い事ある訳ないのに。

城に辿り着けない私なんて怠惰な芋虫だ。

ううん、芋虫にも失礼だよ。」


歩かなきゃ。

せめて城には行かないと。


「王子…王子…。」


あと少しだ…。

あと少し歩けば。


シンイチくん、ごめんね。


せめてちゃんと苦しむから。

シンイチくんを助けられなかった事を

後悔して苦しむから。


「ごめんなさい…。」


氷出てきた城が目の前にある。

歩いて、歩いて辿り着いた。


また王子を殺そう。

ステンドグラスを心臓からえぐって、

王子を救うんだ。

そうすれば私は5人の王子から心から愛されて、

シンイチくんを見捨てた罪からも解放される。


「ずっと苦しむって誓った癖に

本当は許されたいんだ。

無力だと自分を卑下する癖に

本当は力が欲しいんだ。」


私はこの世界で幸せになるんだ。


「無理だよ。

頑張りも苦しみも全部無駄。

自分が勝手に決めて、勝手に我慢してるだけ。

誰にとっても意味がなく迷惑な事だ。」


私はこの世界で幸せになるんだ。

私はこの世界で幸せになるんだ。


私はこの世界で幸せになるんだ。


「シンイチくん、ごめんなさい。」


私は城の扉に手をかける。

ギギ…と重い音がして光が差し込む。


私は…この世界で幸せになるんだ。


でもシンイチくん、それを許さなくて良いよ。

身勝手で弱い私を許さないで。

中に廃棄物が詰まった透明なゴミ袋だと思ってくれて構わない。


「私はこの世界で幸せになるんだ。」

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