第4章 雪の王子(第3話)
《第3話》
駅前を歩いていた。
いつものように疲れ切った身体と心で、
変わらない景色の中を歩いていた。
ふと、駅側からやってくるすれ違う人々が
ちらちらと後ろを振り返っている事に気付く。
それに遠くから男の人の叫び声が聞こえる気がした。
何か事件があったのだろうか。
少し怖くなったが、逃げたり恐怖している人がいないので大丈夫だろうとそのまま歩く。
駅に近づくにつれて、声は大きく鮮明になっていく。
「殺してやる!!」
そんな言葉が聞こえ、身体は駅に向かおうとしたまま、精神だけ緊張状態になる。
遠くから目を凝らして駅の広場を見ると
人々が避けるようにして、1人の男性が支離滅裂な事を叫んでいた。
「みんな、みんな、殺してやるからな…。」
ちょっと怖いな…。
なるべく近寄らないようにして帰ろう。
「殺してやる…。」
私は目が合わないようにしながら、
少し遠回りをして歩く。
「殺してやる!!
みんな殺すからな…。」
どうしてだろう。
どうして、その時、彼の事を横目で見たんだろうか。
視界の端に映った男性に
何故か見覚えがあった。
小柄で、太っていて、分厚い眼鏡。
ボサボサの髪にヨレヨレの服。
あの人は……シンイチくんだ。
あの日…私が自分の為に彼を裏切った日から
15年近くずっと会っていない。
それでも面影が強く残り、独特な雰囲気から
すぐにシンイチくんだと分かった。
私は足を止めて、彼の方をじっと見ていた。
「殺してやる…。」
ひたすらそう叫び続ける彼を見て、
どうすれば良いか分からなかった。
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どれくらい歩いたのだろうか。
寒さに長時間晒されたせいか
筋肉が勝手に痙攣し、震え出す。
…もう歩けないくらいにボロボロだ。
本当はずっと昔から歩けなかったけど、
鞭を打って進み続けた。
だから今回もそうしよう。
どうなっても構わないから
痛みも寒さも、体の反応を無視して進み続ける。
「あっ…あああっ…。」
声が聞こえる…。
これは…私の声だ。
寒さで脳みそが変になったのだろうか。
意志とは関係なく身体が勝手に発声し出す。
「ゔーっ…ゔーっ…。」
どうせ誰も助けてくれない。
手を差し伸べる人はいても、私の全てを預けて寄りかからせてくれる誰かなんていない。
だからどれだけ身体が変になっても
1人で何とかするしかない。
「ゔーっ…ゔーっ!」
発声と小刻みな筋肉の痙攣を繰り返しながら
私は進む。
寒さで顔が麻痺して動かない。
口が閉じないから涎が溢れ、顎の先で凍る。
声と一緒に息が漏れ、瞼も痙攣し、
身体はさっきより大きくビクッと跳ね上がる。
どうして、ここまでボロボロになってまで
進まないといけないんだろう。
諦めたら凍え死ぬとしても、もう今は死ぬよりずっと苦しい。
孤独で冷たい氷の世界。
こんな異常な反応が起きても
誰も私を見ていない。
誰も私に関心がない。
ぴくりとも動かず、ただ溶けていく…。
最初よりは城が近付いてきた。
ちょうど半分くらい進んだのだろうか。
今と同じくらい、もう一度頑張れば辿り着く。
「ゔーっ…あああああっ!」
うるさい。
叫んだって誰も助けてくれないんだから
大きな声を出すな。
子どもみたいに喚いてみっともない。
嫌だ、もうやめたい。
ここで凍死してしまいたい。
もう歩けないよ、王子。
でも足だけが勝手に動く。
進まなければ許されない。
進まなければ、この世界に存在出来ない。
涎と涙が凍りつく。
もし今の自分の姿を見る事が出来たら
どれほど醜いのだろう。
進まないと、進まないと。
お城に行って王子に会わないと。
心が凍って動かなくなる前に
やれる事をやろう。
自暴自棄のナイフで自分を刺して
意識を失わないようにする。
血は流れないけれど、大切なものが流れていっている気がした。
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