第4章 雪の王子(第1話)


《第4章 雪の王子》


《前書き》

昔々、ある所に雪の王国がありました。

その国の王子は人前に姿を見せた事が一度もなく、誰も彼がどんな人間なのか知りませんでした。

ある日、王様が『王子が氷の女王に攫われた、彼を連れ戻してきた者にはこの国の半分を譲る。』と言い出したのです。

それから何百人もの人間が女王の元へ行きましたが、誰1人戻ってきませんでした。

その噂を聞いた旅の少女は氷の城に行き、女王のいる最上階まで辿り着きました。

そしてその首に剣を突き立てようとしたその時、少女は女王こそが王子だと見破ったのです。

その瞬間、女王は王子の姿へと変わり、城は全て溶けてしまいました。

それから2人は結婚し、いつまでも幸せに暮らしました。



《第1話》


『お疲れ様でした。』


そう言うと、小さな返事がいくつか聞こえた。

当たり前のように誰も私の方を見ない。

誰かと話していたり、スマホの画面を見ている。


私は優秀ではないし平凡なのかというと、

それよりはずっと下だ。

けれど誰かが心配や同情してくれるほどに劣っている訳ではない。

最も人に迷惑をかける位置の劣等生。


でも皆、大人だから

虐められたり無視される事はない。

私は少しずつ周りの人間を疲れさせ

優しさを削り取っていく。

それによって自分自身も疲労していく。


だから逃げた。

すり減っていく現実から。

あの頃から変わらない腐敗した空想へと。


-----


雪の王国の関所に入ると、

身体が氷で出来た門番が座っていた。


…寒い。

何故かストーブや暖炉はなく、隙間から冷たい風が入ってくる。

早く王国に入らないと風邪をひいてしまう。


「あの、雪の王国に入りたいんですが。」


そう声をかけるが、まるで反応がない。

私は心配になって顔を覗き込む。


それでもまったく表情は変わらず

指先1つ動かさない。

もしかして人形なのだろうか。


「すみません、聞こえてますか?

問題ないなら通りますよ。」


そう言いながら軽く肩に触った時だった。

私が触れた部分から

いきなり門番の身体が溶け始める。


「あっ…。」


足元にさっきまで門番だった液体が広がる。


私はしばらくその場から動けずにいたが、

少し考えてからそのまま王国に入る事にした。

どうせこの関所も最後には消える。

今か後かの違いだけだ。


躊躇う事なく、私は扉を開けた。


澄んだ空気と異様な静けさ、

粉雪が静かに降っている。


建物、地面、街灯、草木。

そしてそこにいる人々さえも

全て氷で出来ていた。


遠くには高くそびえ立つ城が見える。


ここが雪の王国、

4つめの王国。

そろそろ終わりが見えてきた。


「さぁ、行こうか。」


私はいつものように自分自身へ話しかける。

最初からずっと、この世界には私しかいないのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る