第3章 月の王子(第9話)
《第9話》
また全部が振り出しに戻った。
私は海辺から出る事が出来ず、
耳元からはずっとあの声が聞こえてくる。
ステンドグラスの欠片を手に入れたのに、
王国から出る事が出来ない。
最早何処にも逃げられない。
最初は泣いたり、叫んだり、
隠された出口を探そうとしていた。
けれど今はもうただ諦めて座っているだけだ。
水も食料もなく誰もいないこの状況は
急激に肉体と精神を消耗させていった。
もう全てに疲れた。
この世界で王子からステンドグラスを取り出す事を繰り返しているからではない。
ここにくる前から続いている
心を蝕む停滞が私をずっと消耗させていた。
それが何だったのかは
まだ朧げで一部しか思い出せない。
でも後少しで全部が露わになってしまう。
私は力なく海に向かって歩いていた。
モントの横を通り抜け、さらに先に進む。
少しずつ海は深くなり、
肩まで水に浸かるほどになっていた。
後ろを振り返ると陸が遠くに見える。
随分と歩いてきたようだ。
もうずっと…ずっと前から疲れていた。
きっと私以外のほとんど全員もそうなんだろう。
だからここで終わりにしよう。
でもやっぱり溺れるのは怖い。
私はステンドグラスで手首に傷をつける。
そこから出た血が海を赤く染め上げた。
衰弱していた身体がより冷たくなっていくの感じるた。
やっと終われる。
この終わりがない苦しみから。
「殺してやる…。」
相変わらずモントの声が聞こえる。
でももうこの声ともお別れだ。
意識が消えていく。
自我が、体温が。
楽しかった思い出も全部、私から消えていく。
でも今の苦しみも、これから起こる困難も全て一緒に消える。
これで良かった。
そう思って私は永遠の眠りについた。
-----
…波の音が聞こえる。
私は死んだはずだ。
じゃあここは地獄だろうか?
それならあまりにも穏やかだ。
私は目を開けて、起き上がる。
そこにはあの海辺とモントがあった。
ここは…さっきまでいた場所だ。
身体から力が抜け、
鈍い絶望が支配する。
どうして?
どうしてまた海辺に戻っているの?
「殺してやる。」
そうか。
ここでは死ぬ事さえ許されない。
苦しみの中で耐え続ける事しか許されないんだ。
「殺してやる…。」
この声は王子の…。
いや、違う…。
本当は分かってる…。
「殺してやる…。」
きっと永遠にこの声を聞き続けるんだ。
この孤独な海辺で…。
私は衝動的にステンドグラスの欠片を
手首に突き刺した。
けれどもう血も出ない。
さっき海の中に流してきてしまったからだろうか。
「ねぇ、死ぬ事も許してくれないの?」
私だって本当は死にたくはない。
でもこの状況に耐え続ける事も出来ない。
「誰か助けてよ…。
お願い…誰か私をここから出して…。」
気まぐれなモーが助けにくる可能性もあるけれど、多分こういう肝心な時には来てくれない。
誰にも向けていない、誰にも届かない”助けて”という言葉。
漠然とここから逃げ出したいだけだ。
「殺してやる…。」
「シンイチくん…。」
そうだ…これはシンイチくんの声。
聞きたくなかった声。
「それなら私を殺してよ…。」
懇願の言葉は彼には届かない。
あの日からずっと
私達の言葉は永遠に交わる事はない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます