ある日の記憶2
アラームの音で目が覚める。
意識も身体もふわふわとしていて、
どこか現実感がない。
私はぼんやりとした頭で考える。
昨日、シンイチくんと花火をして
私達、付き合う事になったんだ。
…大丈夫、あれは夢じゃなかった。
確かに存在する記憶を思い出しながら、
私は笑顔を抑えて、階段を降りる。
「…はい、そうなんですね。
娘に聞いてみます。」
お母さんの声が聞こえる。
リビングを覗くと誰かと携帯で話しているようだ。
「あっ…。
少し失礼します、保留にしますね。」
私を見つけるとお母さんは携帯を机に置いて、
こちらへやって来た。
感情の消えた顔に、じっとりとした瞳。
何かを抑圧した声のトーン。
嫌な予感がする。
きっとこれから良くない事が起こる。
「ねぇ、ひまり。
怒らないから正直に答えてね。
昨日の夜、空き地でシンイチくんと花火した?」
身体が強張る。
うそ、何でバレたの?
どうしよう、正直に答えたら絶対に怒られる。
「昨日の夜、空き地で火事があったみたいで隣の家も少し燃えたのよ。
シンイチくんが自分とひまりが花火をしたせいだって言ってるみたい。本当なの?」
…火事?
その言葉を聞いて
身体から血の気が引くのが分かった。
犯罪だ。
私とシンイチくん、捕まるのかな?
いや、私達はまだ幼いし放火じゃないから
刑務所行きはないはずだ。
でもきっとお金は沢山払わないといけない。
そうしたらお母さんもお父さんも怒るだろうし、これからずっと貧しい生活をする事になるかもしれない。
どうしよう。
私は縋るようにお母さんの顔を見ると
無機質な表情で、こちらをじっと見つめていた。
火事を起こした事に怒っている訳ではなく、
“私を面倒事に巻き込むな”と言っているようだ。
きっと彼女は気付いている、
私が関わっている事に。
だからここで「知らない」と言えば、
全て分かった上で「ひまりは関係ない」と言うだろう。
でも、それは正直に伝えたシンイチくんを裏切る事になる。
「ひまり、早く答えて。」
お母さんは少し苛立った様子で催促をする。
指先が痺れる。
息が苦しくなって、背中が冷たくなる。
言わないと。
昨日家を抜け出して花火をしたって。
シンイチくんの誠意に応えないと。
「……そんなの知らない。」
喉から絞り出した小さな声が聞こえる。
まるで他人の声みたいだ。
「…そうよね、ひまりは関係ないよね。」
口角を上げて無理やり作ったような笑顔。
きっと今の私もこんな薄寒い笑顔を浮かべているんだろう。
「なら良いの。
シンイチくん、嘘つきだね。
もう仲良くするのやめなさい。」
お母さんは再び携帯に向かって話し始める。
けれど内容はまるで頭に入ってこなかった。
まるで自分がちっぽけで下らない存在になったような気がした。
そして本当は最初からそうだったと気付いた。
こんな酷い事して、学校でどんな顔して
シンイチくんに会えば良いんだ。
今すぐお母さんを止めて
私も火事の原因だったって言わないといけない。
なのに、どれだけ思い悩んでも身体は少しも動いてくれない。
結局、何も出来ないまま
学校へ行く時間になってしまう。
私はシンイチくんの軽蔑に怯えながら
重い足どりで登校した。
けれどシンイチくんはその日から卒業まで
一度も小学校に来る事はなかった。
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