第3章 月の王子(第5話)


線香花火の光が私達2人を照らしている。


「次はこれやろう。」

「…え、これ打ち上がるやつだよね?

流石に見つかっちゃうよ。」


私の返事を聞いたシンイチくんは

不服そうな顔をする。


「えー、絶対面白いのに。」

「大人に見つかったら怒られるからやめようよ。」


大きな音がする花火はやめて、

手で持てるものだけに火をつける。


「凄い凄い!!

シンイチくん、勢い凄いよ!」


シンイチくんはいつものニヤニヤ顔で、

涙を流して笑う私を見ていた。


「はしゃぎすぎー。」


その時の私達は幼くて、思慮がなくて、

だからこんな愚かな事をしてしまったし、

それがどうしようもなく楽しかった。


それから長い時間が経って

持ってきた花火が全部なくなった頃、やっと私達は帰る事にした。

シンイチくんは淡々とリュックを背負って

帰る支度をしている。


「今日はありがとね、じゃ行こうか。」


告白されたのが本当だったのか

少し心配になるくらいシンイチくんはいつも通りだ。


「あ、あのさ…!

さっきのって本当…って事で良いんだよね?」

「え?何の話?」


本当に分からないという彼の顔を見て

私は泣きそうになる。

もしかして冗談だった?


「あ、告白した事?嘘な訳ないでしょ。

早く帰ろうよ。」


本当に、本当に、いつもの口調で

シンイチくんはそう言う。


「だって普通過ぎるから心配になって…!」

「普通じゃいけないの?」

「いけない、とかじゃないけど。」

「良いじゃんか。

だってこれからは今の関係が普通になるんだよ。」


この言葉を聞いた時、初めて心から未来を信じる事が出来た。

幼い頃の全能感とかそういうものじゃなかったと、きっと今もそう思う。


私達は夜道を歩く。

何を話したかは、今となってはもう覚えていない。

走馬灯にもならないような下らない会話をしながら、明日へ足を進めていった。



《第5話》


背中が痛い。

そう思って寝返りをうつと、ジャリジャリと音がした。


あれ?

私…何してるんだっけ。

早く起きて、着替えないと。

遅刻したら怒られる…。


ゆっくりと目を開けて身体を起こす。


そこは私の寝室ではなかった。

優しく穏やかな波の音がする。

ここは海辺だ…。


そうだ。

ここは現実の世界じゃない。

私は月の王国に来ていて

王子に会う事は出来たけど、

いきなり空から月が落ちてきたんだ。


「やっと起きたか。

こっちへ来てみろ。」


背後から声がするので振り向くと

そこには王子がいた。


「私どうなって…。」

「良いからこっちへ来い。」


急かす王子に従って砂浜を歩く。

数分歩いた所で、私はその光景に驚愕する。


「え?何これ…。」


ゲームのグラフィックのように、

ある場所から突然景色が真っ黒になっている。


「ここから先は全て暗闇に飲み込まれた。」


王子は足元の小石を拾って

真っ黒な場所に投げ込む。

小石は黒に触れた瞬間姿を消し、

地面に落ちる音も聞こえない。


「もう、作り物の月ではどうしようもなくなったんだ。

これが最後のモントだな。」


王子がポケットから何かを取り出す。

歪に歪んだ黄色の球体。


「…俺が初めて作ったモントだ。

これがなくなれば、きっとこの海辺も暗闇に飲まれて消えてしまう。」


そう言って彼は空を見上げた。

つられて私も顔を上げると、

いつの間にか空から月が消えていた。


「…あとどれくらい持つだろうな。

それまでの間、俺達は必ず来る終わりに怯えながら、偽物の月に縋って生きるしかない。」


王子の言葉と表情を信じるなら

タイムリミットはそんなに長くなさそうだ。

それまでにステンドグラスの欠片を

手に入れないと…。


「あの月が落ちてきた時、やっと正しく死ねたと思ったんだ。

でも違った。またすり減るような、ギロチンの刃を待つような毎日に戻っただけ。」


王子の目は空を見つめている。

もうそこに月はないのに。


…寂しい。

心の奥底から寂しい気持ちだ。

彼が私を見ないのは、月に心を奪われていたからではないと分かったから。

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