第3章 月の王子(第4話)
《第4話》
小屋を出て、再び人混みの中へ戻る。
少し疲れたので座りたくなったが、
どこにも休める場所はなさそうだ。
建物はほぼ廃墟で人が生活していた形跡もない。
どうしよう。
あまりモタモタしていると真っ暗な夜が来てしまう。
「……はぁ。」
疲労や諦めが混ざり合ったため息。
仕方ない、海辺へ行こう。
あそこなら夜でも生活出来る。
休めるかは分からないけど、街中にいるよりはきっとマシだ。
蝋燭を片手に私は歩き始める。
海辺に近づくにつれて視界がオレンジ色になっていく。
まん丸の夕日が身体を照らし、濃い影を作り出した。
波の音だけが響き渡る砂浜。
私は昨夜、王子がいた場所に座り込んだ。
不思議な気分だ。
あんなに沢山の人がいる街中よりも
1人で海辺にいる方がずっと寂しくない。
王子がここに座っていた理由が分かった気がした。
何もせずにぼーっと空を眺めていると、
背後から足音がした。
「何でいるんだ。」
振り向くと不機嫌な顔の王子が立っていた。
「…その、海を見たくなっちゃって。」
「別にここじゃなくても良いだろう。
この国を出てもっと綺麗な海を見に行けば良い。」
王子は私の隣に座る。
そしてまた黙ったまま空を見つめていた。
「もうすぐ夜がやってきて
月が僕を迎えに来る。」
王子がそう言うと、少しずつ辺りが暗くなる。
そして夕日のオレンジが消える頃には
月明かりだけが夜を支配していた。
王子は無言で私の横に何かを置く。
それは袋に包まれたパンだった。
「モントのお陰で誰も働かなくても
最低限の栄養補給は出来るようになった。
でも君はこの国の住人じゃないから経口で食事をしないと飢える。」
王子の言葉で、私はとてもお腹が空いていた事に気付く。
そう言えばこの世界に来てから
殆ど生理現象が起こっていない。
まるで夢の中のようだ。
「ありがとうございます。」
私はお礼を言ってパンを受け取ると口に含む。
パサパサとした食感が口に広がる。
正直言ってあまり美味しくなかったが、
むしろそれが心地良かった。
「君はここが本当に王国と呼べると思うか?」
「え?」
急な問いかけに驚くが、
王子は私の返答を聞く前に話し出す。
「何も見えない夜を凌ぐ為にモントに縋り、
昼間は蝋燭の為だけに生きる。
僕以外の国民は皆そうやって暮らしている。
でも本当は皆も気付いているはずだ、
少しずつ夜の時間が増えている事に。」
昨日より目の下の隈が酷くなっている。
初めて会った時から王子はずっと
何もかもに疲れ切っているようだった。
「いずれ永遠の夜が訪れ、この国は滅びる。」
本物の月が夜空で輝いている。
王子の言う事が本当なら
この海辺もいつか暗闇に飲み込まれてしまうのだろうか。
「君も早く自分の国に帰るべきだ。
巻き込まれるぞ。」
そうだ、本来ならこの国から去るべきなんだろう。
でも帰るってどこに?
この世界にも、元の世界にも
最初からそんな場所なんてない。
だからこそ、こんな所まで来てしまった。
王子の心臓にある欠片を手に入れる為に。
「私は最初から帰る場所なんてないですから。」
「……そうか。」
王子はそれ以上、何も言わない。
私達は黙って月を眺めていた。
「あれ?」
何故だろう。
さっきよりも月が大きくなっている気がする。
「月が…近付いて来ている。」
王子も異変に気付いたようで
ゆっくりと立ち上がり、後ろへ下がる。
まるで空そのものが落ちてくるように
月は私達へ迫ってきていた。
「に、逃げましょう!」
「…逃げられると思うか?
あんな大きな月から。」
いつの間にか月は視界を侵食するほど
近くに来ていた。
強烈な眩しさと熱さが私に襲いかかる。
何も見えないほどの光。
焼け焦げるほどの熱。
そんな絶対的で抗えない何か。
それは私の人生になかったもの。
「…あぁ、でも良かった。」
王子の小さな声が聞こえる。
きっと本当は彼も焦がれていたのかもしれない。
少しずつ意識が消えていく。
恐怖はなく、不思議とむしろ気持ち良かった。
「ごめんね…。」
無意識に私は謝罪の言葉を口にしていた。
「ごめんね…ごめん…。
………シンイチくん…。」
シンイチくん?
何でシンイチくんが出てくるの?
気付いてはいけない、大切な事に。
この世界の事だけ考えていれば良い。
シンイチくんは何も関係ないんだから。
意識が全て消える寸前、私はもう一度呟いた。
「シンイチくん、ごめんね。」
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