第3章 月の王子(第3話)


自分の足音だけが世界に響く。

夜の静けさの中を、1人走る。


私はこっそり家を抜け出して、空き地へ向かっていた。


何かもが新鮮で、何もかもがキラキラとして

妖しく魅力的だった。


どうしようもなくドキドキする。

これから人生を変える何かが起こりそうな予感がした。


時間より少し早く空き地につくと

シンイチくんはまだ来ていなかった。


それから何分か待って、待ち合わせ時間になっても彼は来ない。

もしかして約束忘れたのかな?

それとも私の事嫌いになった?

事故とか不審者に会って死んじゃった?


色々な心配や不安が頭を支配する。

泣きそうになるのを我慢して待っていると

30分以上遅れてシンイチくんがやってきた。


「ごめんね、遅れた。」


意外にもシンイチくんは申し訳なさそうな顔をしていた。

学校で遅刻した時と同じく、全然気にしていないかと思ってたのに。


「母さんと父さんがうるさくて。

2人が寝付くまで時間がかかってさ。」

「ううん、良いよ。来てくれたから。」


シンイチくんはリュックから花火を1つ取り出す。


「1番大きなやつを買ってきたんだ。」

「へぇ!ありがとう!」

「それとさぁ。」


シンイチくんはじぃっと観察するように私を見た。


「僕、ひまりちゃんの事が好き。」


世界が止まる。

一瞬訳が分からずに身体が固まるが、

すぐにその意味を理解した。


「うん、私も好き。」


ただそう返すだけで精一杯だった私に

シンイチくんはいつもの口調でこう言った。


「じゃあ僕たち、恋人だね。」


彼と過ごした走馬灯にもならないくらい

ありきたりな時間。

そして額縁で飾るのが似合うような

今この瞬間が、重なり合った。


《第3話》


もうずっと昔から生きる事に疲れていた。

その場限りの誤魔化しで目を逸らしても

すぐに顔を覗かせる。

でもどうして良いかは分からない。

ただ誰かが助けてくれる事だけを待っていた。



王子と私は海辺で月を眺めている。

隣にいるのに、私達は月しか見ていなかった。


「………。」


王子は無言で立ち上がり、

そのまま何処かへ去ろうとしていた。


「帰るんですか?」

「………モントの管理をしないといけない。」


暗闇が少しずつ明るさを取り戻していく。

月が薄くなってゆき、

いつの間にか空から消えていった。


朝がやってきたようだ。


私は未だ燃え続ける蝋燭を片手に

王子の後ろを歩く。

その不機嫌な背中は、私がついてきた事に

苛立っているようだった。

それでも王子の後を追う。


海辺から離れるほど辺りは暗さを増し、

この王国にやってきた時と同じような暗闇が私を包み込む。

何とか王子とはぐれないように必死でついていく。


街に戻ると、海辺とは違って夜のように暗いままだった。

変わらず黒フード達は蝋燭の光を頼りに歩いている。

王子とすれ違っても、

私の時と同じくこちらを見る事もない。


黒フードの間を通ってしばらく歩くと、

古そうな小屋に辿り着いた。

王子は扉を開けて、その中に入る。


室内は外観通り古びていて

本や何かの部品で散らかっていた。

机には関所や街にあったのと同じ

黄色の球体が置かれており、発光している。


王子は私を無視して椅子に座り、

黙ってソレを眺めていた。


「この丸いのがモントですか?」


私が質問しても王子は答えない。

何となく手持ち無沙汰だったので

近くにあった本を勝手に読もうとするが、

よく分からない記号のような文字が並んでいて意味が分からなかった。


「… 君の言う通り、この球体がモントだ。」


急に王子が口を開いた。


「これがなければこの王国は暗闇に消えてしまう。光源という意味じゃない、本当に丸ごと消えてしまうんだ。」


彼の指がモントに触れると、その場所だけが黒色に変わる。


「ある日突然、中にいた人間ごと城が闇の中に消えてしまった。

その日はダンスパーティーが開かれていて、

家族の中で除け者だった僕だけが助かった。

それから…城を中心として

暗闇は少しずつ広がっていき、

この国を覆い尽くすのも時間の問題だった。」


その口調はどこか他人事なようだった。


「僕にも仕組みなんて分からない。

色々な本を読んで、気付いたらコレが出来ていた。

モントがあれば暗闇がこれ以上広がる事はないだろう。

でも……。」


無表情だった王子の顔が

悲しそうに歪む。


「誰もが手元の蝋燭にしか

関心を示さなくなってしまった。

モントのせいかなのかもしれないし、

暗闇のせいなのかもしれない。

僕は…とても悲しかった。」


くるくると緩やかにモントは回転する。


「それは今までと

何一つ変わらないと気付いてしまったから。」


王子は言う、

ずっと私を支配していた言葉を。


「僕は孤独だ。」


2つの孤独がこの小屋に漂う。

それは決して混じり合う事はなく、

ただそこに存在するだけだった。







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