第3章 月の王子(第2話)


《第2話》


暗闇を蝋燭の光が照らす。

黒フード達は手元の光にしか興味がないようで

私には見向きもしない。


鳥や花の王国とも違う

とても静かな国だ。


…そうだ、また王子に会わないと。


「あの、すみません。

この王国の王子に会いたいんですが。」


勇気を出して、1人の黒フードに声をかけるが

無視されてしまう。

いや、無視されたというより

そもそも私の声なんて聞こえていないようだった。

他の黒フードも同様で話しかけても何の反応もない。


…どうしよう、自力で探すしかないのかな。


何とか目を凝らして辺りを見回すけれど、

暗すぎるせいで遠くに何があるのか分からない。

どうやらさっきよりも暗さが増しているようで、蝋燭の光は変わらず燃え盛っているのに、見える範囲がどんどん狭くなっていく。


「え、えっ!

どうしよう…!」


私は慌てて人通りが少ない場所へ走るが

ついには蝋燭を持った手元以外

何も見えなくなってしまった。


完全な暗闇、完全な黒色。

歩く事も出来ずに立ち止まる。


流石にこんな状態で走るなんて出来ない。

慎重にいかないと。


恐る恐る足を動かして1歩進むと

地面を踏む音が響き渡った。

その音だけが私が進んでいるという証拠だった。


平衡感覚を失いそうになりながら片足を交互に動かす。

そんな永遠のような時間が過ぎていく。


ふと、遠くに光が見えた。

私ははやる気持ちを抑えて

ゆっくりと近付く。


光だと思っていたソレは月だった。

やっと見つけた蝋燭以外の光。

夜の静寂を小さな波の音が打ち消し、

月明かりが少しずつ視界を明るくする。


…そうか、ここは海辺だ。

どうしてこの場所だけ明るいんだろう。

不思議に思いながら歩いていると

遠くに人影が見えた。


距離が縮まる毎に

シルエットが現実性を帯びて、その姿を現す。


夜のように黒い髪と瞳。

鋭く暗い眼差しの下には深い隈が刻まれていた。

端正であるという印象よりも先に

どこか異常性を感じさせる顔立ち。


彼は月の王子だった。


王子は私が近くまでやってきても

こちらを見る様子もなく

座って月を眺めていた。


「…こんばんは。」


思い切って話しかけると、

王子はギョロリと黒目だけこちらに向け

すぐに視線を空へ戻す。

それから少しして、ようやく彼は口を開いた。


「……誰?」

「えっと、違う国から来た者です。

ここへは……その、観光で来てて…。」

「…観光?嘘だろう?

こんな場所に観光目的で来る人間なんていない。」


王子は夜空に浮かぶ月を指差す。


「月明かりが届くのはこの海辺だけ。

僕の作った“モント”がなければ

月の王国は機能しない。」


王子は一度も私の方を見ない。

まるで月に向かって話しかけているようだ。


「機能していたとしても

ただ生きる事が出来るだけだ。

それ以上の何かはここにない。

早くこんな所から出ていった方が良い。」


冷たく諦めたような口調。

今までの王子とは違って

彼は私に興味がないようだった。


「私、あなたに会いに来たんです。」

「……何で?」

「それは……

……ごめんなさい、上手く言えません。」


心臓にあるステンドグラスの欠片が欲しくて、

なんて言える訳がない。


「……そうか、無理に言わなくて構わない。

訳なんてどうでも良いからだ。

どんな理由であれ僕は君に会いたくない。

もう何も必要ない、僕にはモントさえあれば良い。」


王子はまだ月を眺めている。

この国に来てからただ1人、

この人だけが私と会話をしてくれた。


私は黙って王子の隣に座る。


「……帰ってくれ。」


そう言われるのは分かっていた。

その真っ暗な瞳に月しか映っていない事も。


けれど、もう1つ分かっている事があった。

そんなのは今までと何も変わらないのだと。


私は返事もせず、月を眺めた。

美しいはずのそれは私にとって

ただの黄色く光る、丸い光源でしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る