第3章 月の王子(第1話)


《第3章 月の王子》


《前書き》

昔々、ある所に月の王国がありました。

その国の王子は変わり者でしたが理知的で、尊敬されていました。

けれど王子はずっと孤独でした。誰も彼が言った言葉の本当の意味を理解出来なかったのです。

しかしその孤独こそが王子の誇りでした。

ある夜、王子は海辺で月を眺める少女に出会いました。彼女も彼と同じく孤独で、2人は毎夜月を見ながら話すようになったのです。

そんな日々が続いたある日、少女は

『自分は月に帰らないといけない。だから会えるのは今日が最後だ。』と言い出しました。

王子は去ろうとする彼女の手を掴み、この王国でずっと一緒に過ごそうと引き止めたのです。

それから2人は結婚し、いつまでも幸せに暮らしました。


《第1話》


意識が遠くなり、身体が動かなくなる。


私は…どこにいるの?

何も分からない。


唯一理解しているのは

多分、もう時間がないという事だけだ。

自分自身の心音と吐息が聞こえ、

生々しい感覚が身体を駆け巡る。


この世界にあとどれくらい

いる事が出来るんだろうか。


急に身体がグラグラと揺れる。

誰かが私の身体を揺さぶっているようだ。


『ひまりちゃん、大丈夫?』


これは…誰の声だろう?


『ひまりちゃん…。』


モーとも違う声。

大切だった誰かの声…。


「ねぇ、ひまりちゃん。

今晩さ、こっそり空き地に行って花火しない?」


私の目の前に現れたのは

懐かしい人間だった。


「…シンイチくん?」


私よりもずっと小柄でふくよかな身体。

顔はニキビだらけで、目が半分の大きさに見えるくらい分厚い眼鏡をかけている。


彼は小学生の時、よく遊んでいたシンイチくんだ。


「親に見つからないように家を抜け出そう。

お小遣い貯めて花火買ったからさ。」


シンイチくんはニヤニヤと笑いながら

こっちを見つめる。

ちょっと気持ち悪い笑顔。

こういう顔をする時は何かを企んでいる時だ。


「え…。

でもお母さんに見つかったら怒られちゃうよ。」

「だからバレないようにするんだよ。

良いじゃん。

僕、ひまりちゃんと花火がしたい。」


シンイチくんが

“誰かと何かをしたい”と言うなんて。

初めて聞く言葉だ。


嬉しくなった私は「良いよ。」と頷いて

今夜の12時半に近所にある空き地に集合する約束をした。


…そうだ。

これは過去の記憶だ。

それからどうなったんだっけ?


とても重要な事なのに

上手く思い出せない。

頭に靄がかかったようにぼやけていく。


「ひまりちゃん!!

本当に大丈夫?」


モーの大きな声でハッと我に帰る。


「ご、ごめん。

私…ボーとしてて。」

「急に動かなくなるからビックリした。

ほら、月の王国の関所に着いたよ。」


辺りを見回すと、いつの間にか関所の中にいるようだ。

黒いフードを被った門番が何やら書類を記載している。フードの隙間からウサギの顔がちらりと見えた。


「はい、コレ。」


モーは私に火のついた蝋燭を手渡す。


「ここら辺はずっと真っ暗だからね。

昼間はまだ目が慣れてくれば良いけど、

夜中は光がないと本当に何も見えないんだ。」


轟々と燃える小さな炎は

まるで生物のようだ。


「手続きはこれで以上です。」


門番は私に腕章を差し出す。


「滞在中は必ずこの腕章をつけて下さいね。」


機械的にそう言って、フードの門番は机に向き直る。

机の上には大きな黄色の球体があり、

ゆっくりと回っている。


「それ、何ですか?」


気になった私がそう聞くとフードは

はぁ、と浅い溜息をつく。


「王子が作った回路です。

この球体は何億もの複雑な回路の糸で作られているんですよ。

月の国はコレのお陰で機能しているようなものですから。」


それ以上聞くな、と言うように

再び机の方を向く。

私はもっと詳しく聞くのは諦めて、

貰った腕章を付け始める。

関所の中を眺めているとモーがいない事に気付いた。


…あぁ、まただ。

予想通りである事への怒りと失望。


最初は耳障りの良い事を言ってたのに、

ついにいなくなる事さえ伝えず消えた。


私は孤独だ。

この世界に来てもずっと1人だ。


「…腕章、ありがとうございました。」


お礼を言って、関所を出る。

門番の返事は聞こえない。


王国の中はモーの言う通り

本当に真っ暗だった。


黒いフード達が暗闇をのそのそと歩いている。

その数だけ蝋燭の光がユラユラと揺れていた。


街の中央にはとてつもなく大きな

黄色の球体が飾られている。

けれどフード達は手元の蝋燭に夢中で

球体には目もくれない。


それはまるで何かを暗喩しているようだった。


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