第2章 花の王子(第6話)


「進一に近づくと臭いがうつるぞ!」


私の席の近くで男子達が楽しそうに走り回る。

その後すぐにガタッと音がして、シンイチくんが席を立つ。


「臭いがうつるって何?

じゃあ一回近くに行くから、本当にそうなるのか確かめてみてよ。」

「嫌だよ、臭いだけじゃなくて菌にも感染するじゃん!

顔のブツブツもうつるぞ!」

「何それ、何の根拠があるの?

言ってる事さぁ、意味分からないんだけど。」


そんな事言ったらもっと悪化するのに。

シンイチくんはいつも反応して、反論する。


私はたまらず、淡々と話すシンイチくんの腕を引っ張った。


「シンイチくん、行こう。」

「うわー!腕握ってる!

秋永と進一、付き合ってんの?」


背後から嫌な笑い声が聞こえる。

私は無視して、シンイチくんを連れて教室を出た。


「ひまりちゃん、戻ろうよー。

あいつら説得しないと。」

「相手にしてもキリがないよ。

それよりもっと楽しい話しよう。」


私は自由帳を広げる。


「シンイチくんに言われて王子様の物語、挿絵を描いてみたんだ。」

「ふーん。

このお寿司みたいなの何?」

「えっ、お寿司?

これはステンドグラスだよ。」


シンイチくんは何かが笑いのツボに入ったようで急に爆笑し出す。


「ごめん、変な間違いした!!

そっかステンドグラスかー。

じゃあコレつけてあげる。」


彼はポケットからプラスチックのキーホルダーを取り出して、自由帳に描かれたステンドグラスの上に置く。

誰かから貰ったお土産なのだろうか、緑のプラスチックの板には可愛いらしい白鳥が描かれていた。


「うん、こっちの方がステンドグラスっぽい。」


どうしてだろう。

その瞬間だけは安っぽいキーホルダーが

どんな宝石にも負けないほどキラキラと光って見えた。



《第6話》


王子と私の結婚式の日取りはトントン拍子で進み、あっという間に明日になってしまった。


「ひまりちゃん!ついに明日だね。」


嬉しそうな王子が私の目の前にいる。

とろんとした目で私を見つめている。


「やっと見つかった。

僕はひまりちゃんと結婚して

永遠の幸せを手に入れるんだ!」


私も笑顔で返答する。


「うん、そうだよ。

私たち幸せになるんだ。」


そんな言葉を交わして、

私達はお互いの部屋に戻った。


1人きりでいると、何だか色々な事を考えてしまう。


こんなに上手くいってても、やっぱり王子の心臓からステンドグラスを取り出さないといけないのかな。

ずっとこの国に居る事は出来ないのかな。


停滞する心と思考を刺激するように、背後からゴトッという音が聞こえた。


後ろを振り向くと、3mはありそうな大きな胎児がこちらを見つめていた。

小さな子供が着るようなお姫様の衣装はサイズが合っておらず、今にも弾けそうだ。

何だか少し面白い気もして、けれどその滑稽さはすぐに恐怖に変わった。


どうしてこんな生き物がここにいるの?


「おぎゃー!おぎゃー!」


胎児は大人の女性のような声で泣きじゃくる。

驚いて動けない私に向かって、ハイハイをしながら近づいてきた。


「きゃあっ!?」


胎児はいきなり飛びかかってきたかと思うと、

左手の指輪を奪い取り、そのまま部屋から逃げてしまった。


どうしよう、また始まったんだ。

あの時みたいな気持ち悪い何かが。


夢の中でさえ、幸せな物語の中で生きる事を許されない。


「……指輪、取り返さないと。」


頭がぼんやりする。

何か大切な事を思い出さないといけない気がする。

ずっと目を背けていた何か大切な事を…。


私は扉を開け、胎児を追う。

ただ物語に流されるままに。

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