第2章 花の王子(第3話)
《第3話》
「ひまりちゃんも一緒に踊ろうよ!」
王子に手を引かれ、私はダンスパーティーに参加する。
綺麗な花がついたドレスを着せてくれて、その上ダンスに慣れない私を笑顔でリードしてくれた。
まるで童話のお姫様になったみたいだ。
「ねぇ、ひまりちゃん。楽しい?」
「うん、楽しい!」
「じゃあダンスパーティーが終わったらさ、お茶会しようよ。
美味しいケーキも沢山あるよ!」
華やかなダンスパーティーが終わると、王子はドレス姿のままの私を庭園に連れて行ってくれた。
「あれ?」
庭園と聞いて、街やお城のように花に囲まれた美しい庭をイメージしていた。
けれどそこは雑草が所々に生えており、花も小さなものがちらほらと咲いているだけだった。
「ひまりちゃん、どうしたの?
ほら、座りなよ!」
王子が引いてくれた椅子に座ると、
蝶々頭の執事が紅茶とお菓子を持ってきてくれた。
「わぁ、美味しそう!」
お菓子はそれぞれ花の形を模していた。
薔薇のケーキ、ダリアのクリーム入りシュークリーム、パンジーのクッキー。
お菓子の後はクリームチーズとサーモンのサンドイッチやミートパイが並べられていく。
庭園は期待外れだったけれど、食べ物はどれも美味しそうだ。
「見てるだけでお腹空いてくるよね。
早く食べようよ!」
王子に言われて、早速サンドイッチを口に運ぶ。
「……美味しい!!」
「でしょ?
凄腕のシェフ揃いだからね、ここで出る料理はどれも美味しいんだ。」
「王子はいつもこうやってお茶会をしてるの?」
「うん!
いつもは1人だけどね。」
王子はニコニコと笑いながらパイを頬張る。
「だから今日はひまりちゃんが来てくれて嬉しいよ。」
「でも蝶々頭さん達がいるでしょ?
王子は皆と仲が良さそうだし、誰か誘えば良いのに。」
「あははは。
そうだね、誘ったら来てくれるよね。」
ニコニコ、ニコニコと王子は笑う。
子供のような笑顔のまま、美味しそうにケーキを口に入れる。
私もつられて薔薇のケーキを食べる。
「でも本当の意味で僕を好きな人なんて誰もいないから。」
「…えっ?」
私は2つの事に驚く。
1つ目は王子の言葉。
満面の笑みに似合わないネガティブな言葉。
そしてもう1つは
ケーキから何の味もしなかった事に。
「あれ?」
王子はもぐもぐとケーキを咀嚼しながら
不思議そうに首を傾げる。
きっと王子のケーキも味がしないんだ。
「王子、このケーキって…。」
「え、何?
うげっ!このケーキ、何か石みたいなものが入ってる!」
王子はナプキンで口元を隠して、その何かを吐き出した。
彼はマジマジとそれを見つめた後、ナプキンで丁寧に拭き始めた。
「ひまりちゃん、これって…
指輪だよね?」
王子の口から出てきたのは
蕾の刻印が入った指輪だった。
「本当だ、何でケーキにこんなのが…。
シェフの指輪が落ちちゃったのかな。」
王子は不思議そうに指輪を見つめる。
そしてそのまま左の薬指につけた。
「ああ…そっか…そういう事なんだ。」
急に王子の顔から表情が消える。
虚な目のまま、彼は淡々と呟いた。
「僕が愛を知る方法が何なのかずっと分からなかった。
でもやっと今、理解したよ。
この指輪に選ばれた誰かと出会う事なんだ。」
刻印の蕾が少しずつ開いてゆく。
「そうすれば満ち足りる。」
蕾の中から沢山の小さな手が出てきて、王子の服を掴んだ。
「……王子、その指輪外しなよ。」
「そうだね、これは僕よりも
僕を愛してくれる誰かに相応しい。」
王子がやっと指輪を外すと刻印は元の蕾に戻り、小さな手達も消えてしまった。
ふっと王子の表情が元の笑顔に戻る。
「ひまりちゃん。
せっかくだから未来のお妃探し、手伝ってよ!」
「えっ!?」
「この国の女の人、全員集めてさ
指輪が入るか試してみるんだ!
ご飯も寝床もつけるから。」
王子は目をうるうると潤ませてこちらを見る。
「……分かったよ。
衣食住と安全を保証してくれるなら手伝う。」
私の言葉を聞いた王子は花が開く時のように
パッと笑顔を輝かせる。
やっぱり、そうだ。
また何か恐ろしいものや見たくないものが
近くまで迫っている事に気付いていた。
けれど、それは鳥の王国を出た時から覚悟していた事じゃないか。
頑張るって決めたんだ。
王子に近付いて心臓の欠片を手に入れる。
カランと音がしてテーブルから薔薇のケーキが落ちる。
崩れたケーキの中からは
蕾の時と同じ、小さな無数の手が蠢いていた。
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