第2章 花の王子(第1話)

《第2章 花の王子》


《前書き》

昔々、ある所に花の王国がありました。

その国の王子は花のように可憐で、誰からも愛されていました。

ある日王子が庭園で紅茶とケーキを食べていると、ケーキの中に蕾の刻印が入った指輪が入っていました。

王子はこの指輪をはめる事が出来た女性こそが未来のお妃だと思い、国中の女性を集めました。

しかし指に触れた瞬間に蕾の刻印が枯れてしまい、誰1人身につける事は出来ませんでした。

自分は誰からも愛されない運命なのだと王子が泣いていると、旅の商人の少女がやってきて紅茶を淹れてくれました。

王子が少女に指輪をつけるとぴったりとはまり、蕾の刻印は美しい宝石の薔薇へと変わっていったのです。

王子は彼女こそが運命の相手だと言い、

2人は結婚しいつまでも幸せに暮らしたのです。


《第1話》


私は夢を見ていた。


元居た現実世界の夢を…

夢想の世界で現実の夢を見ていた。


キラキラとしたイルミネーションは安っぽく、頭に残らない他者の会話が耳を撫でる。


「下らないなぁ。」


道行く人は1人でそう呟いた私を

ちら、とだけ見て、すぐに視界から消し去る。


そうだ。

本当の世界と本当の愛が、

特別な何処かにあると思っていたけれど、

これこそが真実の世界だったんだ。


「つまんないな、虚しいな。」


空を見つめると

灰色の曇り空が私を見つめ返していた。


悲しいけど別に涙も流れない。

誰彼と、全ての人が薄らとうざったく嫌いで

けれど人間を憎む勇気もない。

同情されるほど特別な過去はないけど、特に幸せだった訳でもない。

何もかもが中途半端で、何処にも行く事が出来ない。


曇り空のような生温い絶望感が心を蝕んでいく。



『ひまりちゃん』



けれど、それこそが世界の全てだった。



『ひまりちゃん、起きて』



けれど、それこそが自分の全てだった。



「ひまりちゃん、もう朝だよ!」


耳元の大きな声で私は目を覚ます。

驚いて左を向くとモーが私の肩に乗っていた。


そうだ。

花の王国に向かう途中で、疲れたから少しだけ昼寝をしていたんだ。


「あともう少しで着くんだから頑張って!」

「ごめん、今支度をするね。」


モーに急かされて数分ほど歩くと、遠くに関所が見えた。

関所は色とりどりの花で華やかにデコレーションされている。


「ここが花の王国?」

「うん!綺麗な国だよね!」


私は少しホッとする。

前の鳥の王国はどこか不気味だったけど、この国は大丈夫そうだ。


「今度はモーも着いてきてくれるよね?」

「ごめんね、それは無理なんだ。」

「え?また私1人で行かないといけないの…?」


確かに安全そうとは言っても、やっぱり1人は不安だ。


「でもこの王国は変な事も起こらなさそうだし、逆にもし前みたいな事が起こったら助けて欲しいから。」


私はそう言ってモーの身体を掴む。


「わ、離してよ!」

「ねぇ、お願いだよ。私を1人にしないで。」


暴れるモーを押さえていると後ろから声がした。


「どうされたんですか?」


振り向くと制服を着た男性が立っていた。

彼は体は人間だけれど頭から上は蝶々になっていて、不思議な被り物をしているようだった。


「あ、いや。

王国に入りたくて…。」

「おお!お客様ですか!

私も今から王国に戻る所でして。

一緒に関所へ行きましょう。」


どうしようか意見を聞こうと手の方へ目をやると、いつの間にかモーは消えていた。


「え!?

モー、どこ行ったの!?」


私は慌てて呼びかけるが返事はない。


「どうかされましたか?」

「い、いや…大丈夫です。

このまま関所に行きましょう。」


とにかく王国へ入らなくてはと思い、

私は蝶々頭の男性について行く。


関所へ着くとそこには同じく蝶々頭の門番がいて、身分証の確認もなく簡単に通してくれた。


「あの、大丈夫なんですか?

私が言うのも変ですけど、何の検査もしてませんよね?」

「大丈夫ですよ!

だって身分証なんて簡単に偽造出来ますから。

確認したって無駄でしょう。」


楽観的にそう言う彼を見て私は少し不安になる。


「そんな事より、良ければ王子に会っていかれませんか?

久々のお客様ですからきっと喜ばれますよ!」

「えっ!いきなりそんな、大丈夫なんですか?」

「勿論ですよ!

うちの王国は街の風景がとにかく美しいんです。

お城へ行く道中、景色も楽しんで行って下さいね!」

「はぁ…。」


困惑している事に気付いていないのか、

上機嫌で彼は扉を開けた。


その瞬間、良い香りが辺りに漂う。


そこはまるで楽園のようで、

花が咲き乱れ、蝶々頭達が楽しそうに歩き回っていた。


「花の王国へようこそ!」


何だか自分まで少し浮き足だってしまって、

私はいつもより軽い足取りで一歩前に踏み出した。

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