第1章 鳥の王子(第11話)


冷たい風が耳にかかり、

宙を舞う葉っぱが目の前を通り過ぎる。

それから冷たい鉄の手すりの感覚と、

足元から聞こえる人の音。


それ以外は何もなくて空っぽだ。

空っぽの心だけが私が支配していた。


幸せになりたい。

価値ある誰かに愛されたい。

誰でも良いから愛されたい。

嫌な事はしたくない。

責任なく肯定されたい。

何の不安もなく、守られて生きていたい。


でも全てはゆりかごの夢だ。

引きつった愛想笑いのような温もりに包まれて、私は目を閉じた。



《第11話》


手の中でステンドグラスがキラキラと光っていた。


やっと終わったの?

これで鳥の王子は助かったの?


「……モー、終わったよ。

ステンドグラスの欠片を手に入れたよ。」


私の声は部屋に吸い込まれ、そのまま消えていく。


誰も返事をしない。

まるで世界にひとりぼっちみたいだ。


「誰かいないの?」


城中を探すが、鳥どころか

今まで誰かがいた気配さえない。


慌てて外に出ると、いつの間にか町そのものが消えていた。


「…え?何これ?」


宿も関所も家もなく、木が生い茂る森の中に私はいた。

もう一度、お城の中に戻ろうと振り返ると

城さえも消えていて

真っ白な鳥籠が置いてあるだけだった。

鳥籠の中では1匹の汚い小鳥が死んだように眠っている。


どういう事?

何もかも幻だったの?


「ひまりちゃん、やったんだね。」


右肩から聞き慣れた声がする。

いつの間にか私の肩にちょこんとモーが座っていた。


「モー!!

どうしよう、お城も町も王子も消えちゃった…!」

「何を言ってるの?

王子もお城も、全部あそこにあるじゃないか。」


モーは鳥籠を指差す。


「どういう事?

あんなの王子でもお城でもないよ。」


私がそう返答するとモーは肩から降りて

鳥籠へ近寄る。

そして汚れた小鳥を優しく撫でた。


「これが鳥の王国の全てだよ。

本当の王子達にまた会いたいなら

前に言った通りゆりかごの女王を倒すしかない。

でもひまりちゃんは前の王子の方が良かったの?」

「そんなの当たり前でしょ。

こんな姿のままなんて王子も王国も可哀想だよ。」

「………。

それなら次の王国へ行ってステンドグラスを集めるんだ。」


次の王国…。

あと4回もこんな事をする必要があるなんて。


でも…でも私は…。


疲れて乾いた眼球を動かして鳥籠に目をやる。


薄汚れた小鳥。

安っぽい小さな鳥籠。


それでも私はステンドグラスを集める必要がある。


だってこれは王子じゃない。

こんなのが私の世界な訳ない。


本当の王子は鳥のように優しくて、美しくて。


だから私が元に戻してあげないと。

そうすれば王子は私をずっと愛してくれる。


「…分かったよ。

私、頑張るから。

次の王国へ行こう。」


モーはぴょんと飛び跳ねて、再び私の肩に乗る。


「場所分からないから、案内して。」


耳に冷たい風がかかる。


「そのまま真っ直ぐ進んで。

ここからそんなに離れてないから。」


冷たい風は何か重要な事を

私に囁いているみたいだ。

けれど思い出してはいけない気がして、

私は振り返る事なく、先に進んだ。



第1章 鳥の王子 完

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