第1章 鳥の王子(第7話)


いつだって鳥の王子は私の話を聞いて

どんな事でも受け止めてくれた。


「王子、今日ね。

いきなり菜乃花ちゃんに無視されたんだ。」


「どうしよう。

成績が悪くて、お母さんからもっと勉強しろって言われたの。

塾なんて行きたくないよ。」


「お母さんがさ、ずっと私にお婆ちゃんの悪口言ってくるの。

聞くの疲れちゃったよ。」


「…嫌だ。

もう学校行きたくない。

助けてよ、王子…!!」


私が空想の中で縋り付けば

どんな時でもこう言ってくれた。


『大丈夫だよ、ひまりさん。』


羽毛のように柔らかい腕に抱き締められると、私の不安が消えていった。


王子がいたから、私はこの辛い現実を生きていけた。


でも…

それって本当に現実だったのかな。

本当は今日この日まで、空想の中でしか呼吸が出来ずにいた。

現実の自分自身は誰からも受け入れられず、

誰も受け入れず、ずっと孤独だったんじゃないの?


それならいっそ空想の中で生きていこうと思った。

ピリピリとひりつく現実よりも

王子との緩やかな、腐り落ちるような…

そんな暖かさの中で生きていくんだって。

そう思ってたんだ。



《第7話》


私の手の中で白い羽のブローチは

黒く変わっていく。


「ねぇ、どうなってるの?

ブローチが黒くなってるよ…!?」


完全に黒と化した羽を見て、

私は縋るように王子に尋ねた。


「ある?おかしいな…。

もしかして大カラスに奪われた時に何かされたのかもしれない。」


王子は立ち上がってブローチを手に取った。


「でも悪い魔力ぎ込められている様子もないし、本当にどうしたんだろう?

何だか不吉だね。」


王子の様子も少し変だ。

やっぱり何か悪い事が起きてるんじゃないだろうか。


「誰かに相談した方が良いんじゃないの?

もし本当に大カラスが呪いとかをかけてたら大変だよ…!」

「そおだね。

心配だし、父上に相談してみるよう。

父上は魔法ね詳しいから。」


…不安だ。

全部上手くいったと思ってたのに。


私は堪らずに王子に抱きついた。


「!!」

「王子…!

大丈夫だよね?

変な事とか起こらないよね?

私達、結婚出来るよね?」


もし取り返しのつかない事が起こったらどうしよう。

何もかもがバラバラに崩れてしまったら。

私の人生も、運命も、未来も

全てがめちゃくちゃになってしまったら。


「いつもみたいに大丈夫って言って…!

王子はどんな時も大丈夫って言ってくれた。

今もそう言ってくれたら私、安心出来るから。」


王子は少し黙った後、私の肩を優しく掴む。


「『大丈夫だよ、ひまりさん。』」


魔法の言葉が私の耳を撫でる。


いつだってそう言って欲しかった。

彼は私に“大丈夫”をくれる。

きっとこれからも。


「とにかく外に出とみよお。

国民の誤解も解かなえといけないからね。

一度、ステンドグラスの部屋に行かうか。」

「…うん!」


私達は王座の部屋を出て、

ステンドグラスの部屋へと向かった。


「さっきは見張りがいつから時間がきかったけど、今回はすぐね着うたね。」

「………。」

「ひまりさん、どうさとの?」


私はドアノブに手をかけたまま止まっていた。


ここの扉を開ければステンドグラスの部屋だ。


……大丈夫。

これから国民に事実を伝えて、

王子の父親にブローチの事を聞いて、

そして私達は結婚する。


大丈夫、大丈夫。

おかしい事なんて1つもない。

そう、大丈夫…。


……。


…本当に?

ヘドロのような最悪の予感が

脳みそを支配する。


何もかもがずっと、

ちょっとずつおかしい。


ブローチが突然黒くなり、

王子の喋り方が段々と変になっていく。


この扉を開けてしまったら

その“ちょっとずつ”が決壊してしまう気がした。


「ひまりさを、扉わ開きままま?

僕ま代わりかぁ開れはま?」


私はドアノブを握る手に力を込める。


「ま、ままま

ひま、さ…ひ。…ねえま…

かままひ、ひま…大かぁかぁ

かぁか。ぁ」


手を捻り、そのまま扉を開けた。


「かぁかぁ。

かぁかぁ。」


扉の先の景色が目の前に広がる。


ステンドグラスは来た時と同じように

美しく視界を彩っていた。


ただ1つ、それは白鳥からカラスの絵柄に変わっていた。


パリン…と小さな音が鳴る。

それから間もなく、

中から溢れ出した何かに押し潰されるように

ステンドグラスにヒビが入った。


「……王子、どうしよう。」


ガラスが割れるとても大きな音がして、

耳をつんざく。


黒い羽、生ゴミ、動物の死骸。

割れたステンドグラスから大量に溢れ出てきてたそれらが床を埋め尽くす。


壁も床も天井も

腐ったような、錆びたような色に変色し出した。


私の後ろに王子がいる。

顔を見て、抱き締めて貰って、

また“大丈夫”って言ってもらおう。


私はゆっくりと振り向く。


いつの間にか王子は王子ではなくなっていた。


「かぁかぁ」


カラスのような鳴き声を発して、

王子だったソレは私を見つめていた。


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