第1章 鳥の王子(第6話)

私が小学5年生の頃、ある日の中休み。

その日もいつものように自由帳に絵を描いていた。


「ねぇ、何描いてるの?」


急に声をかけられて驚いた私は、ビクッと身体を動かした。


「な…何でもない…。」


絵を見られたのが恥ずかしくなって、手で自由帳を隠す。

あの頃から私は王子様の絵を描いていた。

多分、他の人から見たら王子かどうかなんて分からないだろうけど。


「描いてたのって王子様の絵?

かっこいいね。」


その言葉を聞いて私はまた驚く。


「えっ?王子様って分かるの?」

「うん、そりゃ分かるよ。

後ろにお城があるじゃん。」


私は顔を上げて、声の主を見る。


「中休みになったらいつも絵を描いてるよね?

ずっとどんなのを描いてるか気になってたんだよ。

他のもさ、見せてよ!」


そう言って、彼は楽しそうにニコニコと笑っていた。



《第6話》


大カラスは黒い羽をはためかせ、王子に近付いていく。


「カァ、カァ」


大カラスの鳴き声は感情がなく、まるで機械のようだった。

騒いでいた鳥達はそれを聞いて、一瞬で静かになった。


私は短剣を握りしめ息を殺していた。

もう少し…

もう少しだけ気を引いてくれたら、後ろから回り込めそうだ。


「こんな方法で王座に座っても、本当の意味で国を治める事は出来ない。

早く王家の証を返すんだ!」


王子は胸ポケットからガラスの破片を取り出した。

牢獄で黒い羽が白く光り出した時のように、破片が白く輝き出す。


「ガァーガァー」


白い光を見たカラスは苦しそうに呻き出す。


……今だ!


私は短剣を抜いて走り出す。

そして大カラスの背中に向かって、思いっきり剣を突き立てた。


「ガァアッ!!」


不意打ちに成功したようで、

大カラスは大きな叫び声を上げて苦しみ出した。


傷口から短剣を抜くと、血の代わりに大量の黒い羽が溢れ出てきた。


「わっ!?」


私は押し流されないように足に力を入れて、

もう一度背中に剣を刺した。


大カラスはまた叫び出す。

今度はさっきより濁ったガラガラの鳴き声。


飛沫のように羽が傷口から吹き出て、それから隠し通路にあったような生ゴミと、最後に小動物の死骸が流れ出る。


暫くもがき苦しんだ後、大カラスは急にピクリとも動かなくなった。

それを見届けると周りにいた鳥達はゆっくりと部屋を出ていく。


「これって…」


大カラスを倒したんだよね…?


「ひまりさん!!」


死体を見つめる私に王子が駆け寄り、抱きついた。


「ありがとう、ひまりさん!!

君のお陰で大カラスを倒せたんだ!」

「それは王子が引きつけてくれたからだよ…!」


私も興奮しながら、頭に浮かんだ言葉をひたすら口にする。

しばらく勝利の余韻に浸った後、

王子は私の前に跪いて白いブローチを差し出した。


「…!!

もしかしてこれが話してた王家の証?」

「うん、そうだよ。

これはね…僕が王子だと証明する証。

そして…」


王子は私の瞳を見てこう言った。


「愛する人に結婚を申し込む時に差し出すものなんだ。

ひまりさん、僕と結婚して下さい。」


一瞬の静寂の後、

胸が高鳴り顔が熱くなる。

やっと、この時がやってきた。

ずっと待ち望んでいた刹那。


「私…なんかで良ければ…。」


そう返事をして、私は満足げに微笑んだ。

そして心の中でゆっくりと“期待通りの幸福を得られた”快楽を噛み締める。


差し出されたブローチを受け取り、

永遠を手に入れる。



その筈だった。


白い羽のブローチは

私の手の中で黒い羽へと変わり始めた。


それはまるで私の未来を暗示しているようで、

期待通りの快楽はやがて不安へと変わっていった。

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