第1章 鳥の王子(第5話)


《第5話》


「ここから隠し通路に入れるんだ。

暗いから気をつけてね。」


草を掻き分け、王子は地面に隠された扉を開けた。

私達は長い梯子を下って、暗くてジメジメとした地下へと辿り着いた。

鼻をつんざくような腐敗臭が立ち込めていて、私は思わず顔をしかめた。


「何だか…ちょっと怖いね。

灯りもないし。」

「灯りならあるよ、ちょっと待ってて。」


王子はマッチで持っていた蝋燭に火を灯し、

小さな光源を作り出す。

光で照らされた地下は思っていたよりもずっと荒れ果てていた。

生ゴミが散乱し、所々に小動物の死体も落ちている。


「えっと…あんまり人がこない所なんだね。」「緊急の脱出用に作られたみたいだけど、

普通はそんな機会なんてないからね。」


蝋燭の火を頼りに私達は進んでいく。


「……うっ。」


進んでいくうちに腐敗臭は更に酷くなり、

心なしかゴミや死骸も増えている気がした。


でもここしか通路がないんだから。

我慢してお城まで行くしかない。


「変な道でごめんね。

もう少しだけ我慢して。」

「うん…。」


重い足を前に進め、私は歩く。


そうして数分歩いた頃、やっと壁が見えた。

王子は天井の扉を指差して言った。


「やっと着いたね、あの扉から城へ入ろう。」


私はその言葉を聞いて心底ホッとしていた。

やっとここから出られる。

最初はまばらに落ちていた死骸は少しずつ増えて山積みになり、通路を圧迫していた。

歩いてきた床も今は生ゴミで埋め尽くされ、腐ったカーペットのようだ。


私達は粘液でベタベタになった梯子を上っていく。


王子は扉から少し顔を出して外の様子を見る。

それから大丈夫、と私に合図をして2人で地上に出た。


お城の内装を見て、私は息を呑んだ。

何て綺麗なんだろう。


壁と天井一面が白鳥のステンドグラスで彩られ、まるで外国の美術館のようだ。


「凄く綺麗…。

こんな場所に王子は住んでいるんだね。」


王子も私と同じようにじっと天井を見つめていた。

目を細め、まるで故郷を懐かしむような、

そんな顔をしていた。


「…うん、本当に綺麗な場所だ。

この場所があったから…僕は…どんな事も耐えられたんだ……。」


王子の頬を一滴の涙が伝う。


「僕はどうしてもここを離れたくなかった…。

この美しい景色を与えてくれた事には感謝していたから。

でも、もう無理なんだね。」


淡々と、けれどとても悲しそうに

彼はそう言った。


「そんな事ないよ。

大カラスを倒せばまた何度だって見られる。」

「………うん、そうだよね。

ありがとう、ひまりさんはいつも僕を励ましてくれるね。

さぁ、王座はこっちだ。

きっと大カラスはそこにいるはずだよ。」


私達は見張りの鳥達をやり過ごしながら

王座の部屋まで忍び込んだ。


王子の予想通り、そこには大カラスが座っていた。


「…やっぱりここにいたか。」

「どうやって倒そうか?

王座まで結構距離があるけど…。」

「僕が大カラスの前に出て行って気を引く。

その隙にひまりさんが後ろから

この剣で大カラスを切り付けるんだ。」


王子は腰につけていた短剣を私に渡す。


「え!?

私が大カラスを倒すの!?」

「大変な事をお願いしてごめん。

でも君にしか出来ないんだ。

ひまりさんじゃないと大カラスは倒せないんだ。」


手に短剣と責任の重みがズシリとのしかかる。


「……分かった、やってみるよ。」

「ありがとう。

さっき、ひまりさんは僕を信じてくれたね。

今度は僕が君を信じるよ。」


王子はそう言うと、軽やかに走り出し

大カラスの前に出て行った。


「大カラス!

君にこの国は渡さない!」


王子の姿を見て周りの鳥達が騒ぎ出す。

けれど大カラスは落ち着いて王子を見据えていた。


きっとチャンスは一瞬だ。

その隙を見逃さない。

この短剣で大カラスを倒して、

あの美しいステンドグラスを王子とまた見るんだから。

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