第1章 鳥の王子(第4話)
《第4話》
「ねぇ、大カラスはどこにいるの?」
洞窟からの帰り道、私は王子に尋ねた。
「おそらく城にいるはずだよ。
でも正面から入るのは難しいと思う。
攫われた時、大カラスに王家の証を盗まれてしまったんだ。
あれがないと誰も僕が王子だと認めてくれない。」
「王家の証?」
「うん、白鳥の羽で出来たブローチなんだ。
取り戻したらひまりさんにも見せてあげる。」
白鳥の羽のブローチか。
きっと王子によく似合うんだろうな。
「!!
ひまりさん、止まって…!」
王子はいきなり立ち止まり、私の腕を掴む。
「誰か来るみたいだ、一旦隠れよう。」
2人で木陰に隠れていると、
少ししてから数匹の鳥達が歩いてきた。
「まさか王子が国を捨てて逃げるなんて。」
「人間は薄情だ。
やはり大カラス様こそ、この国の王子に相応しい。」
鳥達が口々に発した言葉を聞いて
王子は険しい顔になる。
「……思った通りだ。
皆すっかり騙されている。」
鳥達が通り過ぎてから、王子にボソリと呟いた。
「こんな簡単に大カラスの言う事を信じちゃうなんて…。」
「王家の証がなければ僕はただの人間だからね。
今、皆が信じるのは証を持つ大カラスの言葉だよ。」
「…そんな事ない。
皆は証だけじゃなくて、ちゃんと王子自身の事も慕ってるはずだよ。
きっと王子がいなくなって不安な気持ちを
大カラスに利用されてるだけだよ。」
「…………。」
珍しく王子は何も返答せずに
暫く黙っていた。
「……大丈夫?」
私がそう問いかけると王子はいつもの笑顔で答えた。
「ありがとう、ひまりさん。
君の言葉は勇気を与えてくれるね。
大カラスを倒したら、証がなくても皆から慕われる王子になってみせるよ。」
王子はいきなり優しく私を抱きしめた。
「えっ!?
お、お、王子…!?」
私は驚いて暫く動けずにいた。
それでもゆっくりと、ぎこちなく
王子を抱きしめ返す。
「城には王家の者しか知らない隠し通路があるんだ。そこから中へ入ろう。
きっと大カラスは僕が脱出した事も知らず
今も王座に座っている。
その隙をついて2人で大カラスを倒そう。」
「……う、うん。」
私はまだパニック状態で、
返事をするだけで精一杯だった。
それでも少し落ち着いてきて、
幸福と高揚を噛み締めながら顔を埋めてみた。
王子の暖かい肩に。
……暖かい?
「あれ…?」
何故だろう。
王子の身体が物凄く冷たい気がした。
いや、それは“気がした”ではなく
本当に氷のように冷たかった。
「どうしたの?
身体が氷みたいだよ。」
「………。」
王子は少し黙ってから、こう言った。
「心配させるかと思って言わなかったけど、
次の夜までに大カラスを倒さないと
僕の身体は冷え切って死んでしまうんだ。」
「え!?」
私は2つの事実に驚いていた。
1つは王子が死んでしまうという事。
もう1つはそんな設定は私の物語にはなかったという事。
今までピンチになる事はあっても、
それはあくまで私の描いた空想内の出来事だった。
脳みその外から出なかったから、
どこかで安心していた。
本当に大変な事は起こらないって。
制御できる危険なんだって。
なのに大カラスを倒さないと王子が死ぬなんて想定外だ。
「それってどういう事…?
何でそんな事になったの…!?」
「………。」
私は焦りながら尋ねるけれど、王子は黙ったままでピクリとも動かない。
「王子?」
私は身体に回された王子の腕をほどき、彼から離れる。
心配になって俯いた彼の顔を覗き込んだ。
王子の顔は、
優しい笑顔を浮かべていた。
瞬きもせず、微動だにしない。
身体は私を抱きしめた体制のまま人形のように固まっていた。
…怖い。
今まで見ないふりをしてきた恐怖と不安が一気に押し寄せる。
「王子…?
ね、ねぇ…どうしたの?
大丈夫!?」
心臓がドキドキと脈打ち出す。
嫌な汗が流れ出て、背中がゾクゾクとする。
これも大カラスのせいなの?
このまま王子が死んでしまったらどうしよう。
私が王子の肩を揺さぶっていると、
突然彼は立ち上がった。
「!!
よ、良かった…!
急に動かなくなったから心配したんだよ。」
「城には王家の者しか知らない隠し通路があるんだ。そこから中へ入ろう。
きっと大カラスは僕が脱出した事も知らず
今も王座に座っている。
その隙をついて2人で大カラスを倒そう。」
「…え?」
王子はさっきとまったく同じ内容を口にする。
絶対に変だ。
「さっきからどうしちゃったの…?
大カラスに何かされたの?」
「……?
ごめん、何の話かな?」
「何の話って…。
次の夜まで大カラスを倒さないと死んじゃうって話とか、急に動かなくなったりとか…。」
それを聞いて王子は心底不思議そうに首を傾げる。
「……死んじゃう?」
「そうだよ!
王子の身体が凄く冷たくて、
どうしたのか聞いたらそう言ったんだよ。」
王子は戸惑いの表情を浮かべる。
本当に分かってない様子で、嘘をついているようには見えなかった。
「本当に忘れちゃったの?」
王子はこくりと頷く。
そして少し考えた後、私の手を握った。
「ねぇ、ひまりさん。
まだ僕の身体が冷たく感じる?」
その手は暖かかった。
さっきの冷たさが嘘みたいに、
まるで王子の心のように暖かかった。
「…ううん、暖かいよ。」
「きっと何かおかしな事が
起きてるんだと思う。
それでも……
お願い、僕を信じて。」
真っ直ぐ私を見つめる王子を見て、
それまでの不安がどこかへ消えた気がした。
「君がいてくれるから僕は存在出来るんだ。
だから一緒に来て欲しい。
さぁ行こう、隠し通路まで案内するよ。」
夜が来て朝を迎えるように、
私の心は理想と不安を繰り返していた。
それでもこの世界に来てから
ぼんやりとした恍惚が私の脳を満たして
何かに駆り立てていた。
何を信じれば良いかは分からないけれど、
欲しいものは分かっている。
いつだって薄らいだ永遠の幸せを望んで。
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