第1章 鳥の王子(第3話)


ある夏の日。

学校から帰った私は部屋で1人泣いていた。


『中学生になったのに、まだ絵本とか王子様とか好きなの?気持ち悪いし変だよ。』


小学校まで仲良しだった友達は

そう言って私を仲間外れにした。

だから私は布団を被って目を閉じる。


空想の世界では柔らかな羽が私を包み込む。


『ねぇ、泣かないで。』


鳥の王子は優しく私を抱きしめた。


「私が変だからいけないの。

気持ち悪いから皆離れていくんだ。」

『違うよ、この世界がおかしいんだ。

君はこんなに美しい心を持っているのに、

誰も理解せずに除け者する。

大丈夫、僕が守ってあげる。』


いつだって王子は私の欲しい言葉をくれる。

この世界では私は愛されるに相応しい人間になれる。


そうして私はまた眠りについた。


《第3話》


北の洞窟に辿り着いた私は、

王子が閉じ込められているであろう牢獄を探していた。


「空想の中では洞窟の細かい構造まで考えてなかったもんね…。」


どうしようかと悩んでいたその時、ポケットの中で何かが動き出す。

それはあの金貨についていた黒い羽だった。


羽はコンパスのように方向を指し示す。


もしかして牢獄へ連れて行ってくれるの?

私は半信半疑で羽が指し示す場所へと向かっていった。


「王子!!」


羽の言う通り、そこには王子がいた。

鎖で手足を繋がれ、暗く狭い牢獄の中に閉じ込められていた。


「ひまりさん!」


王子が動くとガシャリ、と重い鎖の音がした。


「どうしてここに来たの?

逃げてって言ったじゃないか!」

「だって王子が心配だったから…!

待ってて、今鍵を開けるから…。」


その時、背後から足音が聞こえた。

すぐさま振り返ると、そこには数匹のカラス達がいた。


カラスは無表情で私を見つめた後、いきなり大笑いし始めた。


「気持ち悪い。

お前気持ち悪いな。」

「人間は気持ち悪いな。」


蔑むような、軽んじているような目。


……嫌だ。

また思い出す。

あの日々を。

現実という苦しみを。


「待ってくれ!

ひまりさんは関係ない。

別の国からやってきた、ただの人間だ。

お前らが国を乗っ取るのを邪魔するつもりはない。

だから彼女には何もしないでくれ…!」


しかしカラス達は王子の言う事を無視して、

笑い続けていた。

そしてひとしきり私を嘲笑った後、

ぴたりと笑うのをやめて、包丁を片手にこっちへやって来た。


「駄目、こないで!」


私は庇うように王子の前に出る。

けれど今の私に、彼らに立ち向かう術は1つもない。


カラス達は目の前までやってきて、こちらを見つめる。

負けないように睨み返すけれど、彼らは顔色を1つ変えない。

そして躊躇いなく私に向かって包丁を振り下ろした。


その時、いきなり黒い羽が空中に浮き、

白色に輝き出した。


「うわああああ!!!」


カラス達はその光を見ると一目散に逃げ出す。

一体何が起こったのか分からず

私はポカンとしていた。

とにかく助かった…って事で良いんだよね?


私が茫然としながら地面を見つめていると

何かが落ちているのが見えた。

力の入らない足を引きずって近づくと

それは鍵の束だった。


そのうちの1つを牢獄の鍵穴に入れると、

驚くほど簡単に扉が開いた。


「王子!!」


私は王子に駆け寄り、別の鍵で鎖も開錠する。


「ひまりさん、ありがとう…!

殺されそうになったのに僕を助けようとしてくれたんだね。」

「うん…!!

王子に死んで欲しくなかったから……。」

「……ひまりさん?どうしたの?」


心配そうな王子の顔を見て

私は自分が泣いている事に気付いた。


「……私、やっぱり気持ち悪いのかな。」


“気持ち悪い”

さっきのカラス達の言葉が

まだナイフのように胸に刺さっていた。


「皆、私から離れていくの。

あのカラスの言う通り、私は気持ち悪いんだ。」


たまらず泣きじゃくり出した私を

王子は優しく抱きしめた。


「違うよ、この世界がおかしいんだ。」


その言葉を聞いて、私は目を見開く。


「君はこんなに美しい心を持っているのに、

誰も理解せずに除け者する。

大丈夫、僕が守ってあげる。」


あの時と同じ言葉だ。

私がずっと望んでいた言葉。

違うのは空想じゃなくて

王子の体温までこの身で感じる事。


私は泣きながらまた王子の顔を見つめる。

これからはどんなに悲しい事があっても、

この人が全て包み込んでくれる。

あらゆる恐怖から、偏見から、攻撃から

私を守ってくれるんだ。


その瞬間、

ほんの一瞬だけ景色が歪む。


壊れたディスプレイ画面のように、

王子の綺麗な顔がぐにゃぐにゃと曲がった。

無理やり笑顔に加工されたような無機質で不気味な顔。


「…え?」


混乱してもう一度王子の顔を見ると、

何事もなかったように優しい笑顔を浮かべていた。


どういう事?

あんな気持ち悪いの、見間違いだよね?

私、疲れてるのかな。

…きっとそうだよね。

いきなり色々な事があったんだもん。


「ひまりさん。

カラス達は人間である僕が

鳥の国の王子である事が許せないんだ。

だから僕を閉じ込めて、この国を乗っ取ろうとしている。

一緒に大カラスを倒しに行こう。」


「……勿論。

私も王子の助けになりたい。」


そう返事をすると王子は嬉しそうに顔を綻ばせ、私に手を差し伸べる。

私はその手を取り、立ち上がった。


「…ん?」


違和感を覚えて、手の平を見てみると、

沢山の黒い羽が貼り付いていた。


「嫌っ…何これ…!?」

「ああ、ごめんね…!

ここに閉じ込められた時、カラス達に抵抗したんだ。

その時についた羽が、まだくっついていたみたいだね。」


王子は私の手から羽を取り除く。

その顔は変わらず、優しいままだ。

けれど、ほんの少しだけ

何かがおかしい気がした。

でも同時にその違和感に気付いてはいけない気もしていた。


小さな不安は見ないふりして、

私と王子は洞窟を出て大カラスの元へと向かっていった。

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