第二章

 落ちる夢を見ていた。

 上も下も暗い青で、ところどころに黒い雲が浮かんでいる。

 死なんてすぐにはこない。だからといって食うなどしなければ、落ち続けるうちには必ずそれはやってくる。

 落ちていく中で、なにか光が見えた。一点の光……、私はそれを目にして、希望の光だと思い手を伸ばす。その一点の光が大きくなると、徐々にその姿を露わにする。


「……!?」


 それは希望なんてものではないのかもしれない。禍々しい形のそれは、まるで死神のように私に近づいてくる。

 私よりもだいぶ大きな死神は、その手を私へと伸ばす。

 私さ恐怖した。いずれ死ぬのに、今殺されると分かっているほうがよっぽど怖く感じてる。

 私の視界に映るものは何もなくなっていく。真っ暗なその世界は、私にはあまりに息苦しかった……。




 翌朝、少女はようやく目を開いた。体を起こして辺りを見渡すと、そこにあったのは、錆びれたコンクリートの壁と、硬い床だった。

 そのまま少女は反対方向に顔を動かした。少年がいた。自分と同じくらいだろうか?それとも下か……。見るだけではよく分からなかったのか、少女は彼の身につけているものを恐る恐る調べてみた。

 まず、エンブレムがあった。それは、魚だか人間だかの骨で形作られた昆虫のような形をしている。少女はそれを目にして恐怖する。


「あの海賊だ……」


 少女はさらに少年の体を調べてみることにした。すると、


「っ……!?」


彼女は確信する。間違いなくこの少年は海賊であると。だが幸いなことに、今少年は眠っている。そうであれば、今のうちに手は打ったほうがいいだろう。

 彼女はそう考え、少年の腰に備え付けられた、アルファベットでいうLのような形をした黒いものに手をかけた。


「ん……」


 突然、少年は目を開け始めた。眠りについていた中で、体がかゆくなる感覚があったからだ。少年は少しだけ顔を動かし、ゆっくりと瞳を横にずらしながら後ろ側を見た。

 まず、例の少女が体を起こしているのに気づいた。そして、その少女が自分の銃に手をかけていることに気がづくのは、それほど時間がかからなかった。


「っ!?お前!!」


 少女は目覚めた少年に驚き、慌ててその拳銃を奪い去った。そして、このままではただでは済まないと慌てる気持ちが、彼女の指をつい動かした。

 次の瞬間、激しく破裂するような音が、錆びれた建物の中に響き渡っていた。


「っ……!」


 血が流れた。頬からダラダラと流れた。少年ことガイヤは、頬に手を当てて自らの肉体から少しずつ流れるそれを目にして叫ぶ。


「余計な傷を増やすな!!」


 少女はその言葉を聞いて、震えた手が止まってしまった。そして、その目は鋭くガイヤを睨みつけていた。


「黙れ!あんただって……所詮は私の持つものにしか興味がないだけだ!!」


 怒りのままに少女は発砲した。

 ガイヤは長年の経験から得た感覚で、彼女が発砲するであろうと察して、撃つより前に動きだしていた。案の定発砲はされたが、衣服に穴が空いたくらいでなんとかとどまっていた。だが彼女はすぐに銃口をこちらに向けてきた。


「このっ!!」


 ガイヤはその辺に落ちていた小さめな瓦礫を手にし、おもいっきり少女の手元にむかって投げつける。


「いっ……!!」


 少女が撃つよりも先に、その瓦礫が彼女の手に当たり、その痛みによって銃が落ちた。ガイヤは今だと言わんばかりに走りだし、彼女に飛びついてそのまま押し倒した。そして、落ちた銃を取り返し、彼女の首を左手で掴んだあとで、右手に持った銃を少女の胸に突きつけた。その早すぎる動作一つ一つに、少女はただただ恐怖すると共に目を見開く。

 この瞬間、彼女の時間が一瞬止まった。ガイヤは、動かない少女に対して言う。


「落ちついたか……、わかったら俺の言う通りにしろ……」


 少女はとうとう涙を流し、そのまま頷くしかなかった……。




 錆びれた建物の柱に少女は括り付けられている。

 先程のあれこれを経験したガイヤは、とにかく彼女を好きにさせるわけにはいかないと思い、手持ちのロープで彼女を縛った。そして、


「大人しくしてろ……」


と言ったきり、ガイヤはどこかへと言ってしまったのである。

 少女はロープを無理やり引っ張ったり、届くものに関しては噛んだりしてみたが、それでどうこうなったのかと言われれば、大方予想通りの有様である。


「なんなの……!俺の言う通りにしろだの放置だの!」


 と、少女が文句を言ったすぐあとにガイヤが戻ってきた。それに気づいた少女は急いで黙り込み、何もしていなかったと言わんばかりに顔を明後日の方向へと向けた。

 ガイヤは少女を目にし、彼女に語りかける……わけでもなく、何かが入った袋を少女の前に投げつけた。


「朝食だ……」


「……」


 少女は足元に落ちたパンの入った袋をじっと見る。警戒していると感じたのか、ガイヤは重ねて言った。


「安心しろ、近くの町まで行ってもらってきたばかりのやつだ……」


 彼女は呆れるかのようにため息を吐いて言った。


「だろうけど……、この状況でどう食えって言うのよ……」


「……それもそうだ」


 確かになと思い、ガイヤはナイフを手にした。同時に、先程彼女に突きつけていた銃を再び取り出し、それを少女に向けて言った。


「下手な真似をすれば撃つ。あくまで一時的に縄を少し解くだけだ……」


 彼のその動作を目にした少女は、もはや降参ですと言わんばかりに、


「隙のない男……。子供には見えないわ……」


と口にした……。




 また、しばらく時間が流れた。袋に入ったパンはもうすでに無くなっていた。そして、少女の体は再びきつく縛られていた。

 ふと、少女がガイヤに問いかける。


「いつまでこうするつもりなの?」


 それに対しガイヤは、


「仲間が俺たちを見つけるまでだ。その石をみすみす見逃すような諦めのいい人達じゃない……」


と彼女に返す。少女は立て続けに問いかける。


「どうしてこの石が必要なの?」


 ガイヤはその問に対し、一瞬鼻で笑ってから返す。


「さぁな……、珍しい石だからだろ……。姉はそういうのが好きだからな……。俺はただ姉の指示に従っているだけだ……」


 少女はその言葉を聞いて、彼に対して、


「自分がないのね……」


と、一言だけ返した。


「あぁ……、それがあの世界で上手く生きていくやり方だ……。そのうえで、今の子供としての肉体も使っていく。さっきのパンも、俺が貧しい少年のフリをしたおかげで手に入れたものだ……」


 自身の生き方を口にするガイヤ。それを聞いた少女は、こう口にした。


「そう……。なんだかあなた、私によく似ているわ……」


「……?」


 疑問を浮かべるガイヤ。少女はそのまま語り続ける。


「私は、母に託されたこの石を守るためにずっと逃げてきた。身分を偽り、名前を変えながらずっと……。

 それでも追ってくる者、裏切る者、ありとあらゆる人間が私に押し寄せてきた。あんたみたいな海賊もそうよ……。

次第に誰も信じられなくなって、人と顔を合わせるのさえ拒否していった……。唯一信じられるのは、もうこの世から去った母だけ……。

 私はある意味、母の命令にだけ従っているのよ……」


 少女の一連の会話を聞いたガイヤは、彼女に対し、


「お前も子供らしくないな……」


と、先程の彼女の言葉に対し、静かに言い返すようにそう口にした。少女は少しだけ笑みを浮かべながら、


「えぇ……、ほんとそうね……」


と言ったあとに、何故か突然笑いだした。そんな彼女の様子を見て首を傾げるガイヤ。少女はふと我に返り、途端に恥ずかしくなったのか、伏せるように顔を隠した。

 ガイヤは少女に歩み寄り、彼女に問いかける。


「名前、レイアとかいったか?」


 レイアは顔を伏せたまま鼻で笑い、そのまま話しだす。


「私の名前、もう知ってるんだ……。私はあなたが海賊であることしか知らないのに……」


 その言葉を聞いたガイヤは自らの名を彼女に伝えた。彼女はそれを聞いて、


「海賊を名乗る男の名じゃないね……」


と返した。ガイヤはその返しに対して、


「だが、大地がなければ海賊も宝を探すことはできない……」


と口にした。

 直後、ガイヤの耳に、ガシャンという音が僅かに入ってきた。そのまま外を見たガイヤは、建物の下にゲム三機が集まっていることを確認した。


「どうしたのよ?」


 レイアがそう言った直後、ガイヤは彼女の縄を解いて、そのか細い腕を引っ張りだした。


「場所を移動する、大人しく着いてこい……!」


 二人はそのまま建物を降りていく。地上に足をつけたが、そのままさらに下へと進んでいく。地上の光が通らない地下に降り、ガイヤはなにかに登っていきながら、それを起動させた。


「……っ!?」


 レイアは少し明るくなった地下で、悪魔のような一つ目のロボットを目にした。それは、夢にもでてきた悪魔の姿と同じ姿をしていた。そして、その肩の色は、昨夜自分のいた部屋に斬りかかってきた青色でもあった……。

 ガイヤがセグから降り、レイアの手を引っ張る……が、その体は一向に動くのを拒んでいた。


「何してる……!」


 レイアは手を強く引っ張るガイヤを拒み続ける。


「離してっ!!殺されかけた!あなただったの……!?殺そうとしたのは……!?」


 埒が明かないと思ったガイヤは、銃を取りだして彼女に突きつけた。


「大人しくしろ!でなければ本当に死ぬことになるぞ……!」


 レイアはそれを目にし、ガイヤを見た直後と同じ恐怖をまた思い出してしまう。


「いや……、じぶんでしぬのはいい……。でも、ころされるのはいや……」


 まるで少女のようにそう口にするレイア。ガイヤは舌打ちしながら吐き捨てる。


「これだからヒステリック女は……!」


 精神が崩壊したレイアを無理やり連れだし、ガイヤは彼女ごと機体に乗り込みセグの機体を起こした……。




 三機のゲムのうち、真ん中に立つゲムが前に出た。


『こちらは連合軍地上第七部隊のクォーカーだ。そちらの娘と石を引き渡せば命だけは助けてやる!大人しくここから出てこい!!」


 クォーカーの声が響き渡る。ガイヤはその言葉を聞いて言う。


「では望み通り、大人しく出てきてやる……」


 直後、三機のゲムに向かって挨拶がわりにビームが放たれる。


「来たか……!」


 建物の影から一点の光が灯っている。やがて太陽の光に照らされて、その全容があらわになっていった。


「撃て!!」


 ゲムが銃型の武器を構えだす。それを目にしたセグは、咄嗟に横にずれて左手のビームシールドを展開させていく。

 やがて一機のゲムが弾切れを起こした。ガイヤはそれを見計らって武器をビームセイバーに持ち替えたあとに、シールドを構えながら急接近し、一機のゲムのコックピットに向かってセイバーを突き刺した。そしてそのまま上空に飛び上がり、残り二機による追撃を回避していった。

 一機のゲムが武器を斧に似たものに変え、上空にいるセグに接近した。


「っ……!」


 振り下ろされる武器を寸前で回避するセグ。だが、ゲムの斬撃は尚もセグに襲いかかってくる。

 セグの機体が上昇しきれなくなり地上へと落ちていく。下からは、もう一体のゲムによる銃撃が襲いかかる。


「くっ……!」


 ゲムの斬撃をセイバーで受けながら、下からの攻撃をなんとか交わしていくセグ。不利な挟み撃ちにより、ガイヤのセグの外装は少しずつ削られていく。


「頼む……!持ち堪えてくれ……!」


 セグがようやく地上近くにまで落ちる。


「もらった……!」


 下で構えていたクォーカーのゲムが、銃型の武器のトリガーを引いた。


「こちらもな……!」


 ガイヤはそう口にすると、一気に横に回避した。クォーカーの放った一撃は、そのままもう一機のゲムのコックピットを貫いた。激しい爆発を起こしたゲムを目にし、ガイヤは冷や汗を流す。


(こいつ……、味方ごと撃ち殺そうとしたな……)


「くっ……!」


 クォーカーのゲムが、斧のような武器を手にする。


「一騎打ちか……。面白い……」


 ガイヤのセグは、シールドの展開を解除し、セイバーを両手で握りしめながら構えた。


「……っ!!」


 二機がほぼ同時に急接近する。一歩目が早かったのはゲムのほうだ。このままいけば、セグのセイバーよりも先に、ゲムの斧が届くのが早いと思われた……。


「っ……!!」


 しかし、セグはそのまま上半身を後ろに傾けて地面を滑り、構えていたセイバーをゲムの下腹部に当てた。


「なっ……!?」


 ゲムは真っ二つとなり、その上半身が地面を転がり落ちていった。


「……」


 ガイヤはセグを起こした。振り向けば、三機のゲムの亡骸が緑の大地に無惨にも転がっていた。ガイヤはその三機のうち、クォーカーが乗っていたと思われる機体に近づいていった。


「なるべく致命傷にならないよう下半身だけを狙った。生きていれば、情報を聞きだすことはできそうだが……」


 その直後、上半身のみになったゲムの右腕が動きだした。


「殺してやる……!海賊一匹、小娘もなぁ……!!」


 ガイヤはセグのビームシールドを展開し、ゲムの持つ斧を防ごうとしたが、もはや間に合わないタイミングとなっていた。

 その時、二つの光が上空から放たれた。一つはゲムの右腕を撃ち壊し、もう一つはゲムのコックピットを貫いた。

 ガイヤは思わず上を眺めた。そこには、二機のセグの姿があった……。


『随分と暴れたようだな?ガイヤ……』


 女の声が一機のセグから聞こえた。ガイヤはため息を吐き、


「ようやく来たか……」


と、安心しきった声でそう口にした。

 ふと、ガイヤは後部の副座席に座るレイアの顔を見た。彼女は無事であるものの、その瞳には輝きが見えなかった……。

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ラムターストーン 粹-iki- @KomakiDai

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