ラムターストーン

粹-iki-

第一章

 暗い夜の空に浮かぶ黒い積乱雲の上に、図体の大きな飛行物体が飛んでいた。シルエット的に言えばそれは飛行機なのだろうが、その大きさはまるで一隻の船を思わせるほど太く、そして大きなものであった。

 その外壁にはエンブレムのようなものもある。形は地球で言う昆虫に近いのだが、それを魚だか人間だかの骨で形作ったかのような、そんなエンブレムだった。


「そろそろ行くぞ……」


 その飛行物体の中で、一人の女が口を開いた。その女の尻を追うかのように、一人、また一人と男が立ち上がる。そして、最後の一人であろう少年もまた男達に着いていった……。


 同じ頃、先程の連中が乗った飛行物体とはまた違うそれがゆっくりとした速さで浮かんでいた。

 外壁が継ぎ接ぎのようだった先程の飛行物体と比べ、こちらはなかなかに煌びやかかつさらに大きくも見える。


「今のところ予定通りの進路で運行しております」


 老け顔の男が、サングラスを書けた茶髪の男にそう語り掛ける。


「こんな世界だ、いつだってイレギュラーは起きてしまう。充分警戒をしてくれよ……」


「えぇ……」


 一方、先程の継ぎ接ぎのような飛行物体の中では、計四機のバツの字顔のロボットのようなものが怪しくその瞳を光らせていた。それと同時に、飛行物体のハッチがゆっくりと開いていき、一番それの近くにいた赤い肩のロボットが外を眺めた。


「いいコースだ……。出るぞお前達!お宝の匂いだ……」


 その赤い肩のロボットを操縦していた女が、残り三人にそう呼びかけた。と同時に、女の乗る機体は勢いよく夜の空へと飛び込んでいった。それに続くように、残りの三機も外へと飛びだしていった……。


「っ……!?レーダーが反応してます!何者かがこちらに近づいて来てます!」


「何っ!?ぐあっ……!」


 煌びやかなほうの飛行物体に衝撃が伝わる。どうやら外壁に何かが撃ち込まれて被弾したようである。


「いったい何が……」


「艦長、あれ!」


 部下のその声を聞いて艦長である男は窓の外を見た。そこには、バツの字顔のロボットが銃の形をした武器を構えて立ち塞がっていた。

 やがて、何処からかアナウンスのように女の話す声が聞こえだした。


「我々は海賊団ザビー。今を持ってこの空中船は我々がジャックした。そのまま大人しくしておけば危害を加えることはない。だが、誰か一人でも下手な真似をした場合は……」


 窓の外にいるバツの字顔のロボットが、銃を少しだけ動かしながら武器を持っていることをアピールする。女はそれを見て言った。


「我々はこの船を、容赦なく破壊する……」


 艦内のクルーが慌てふためく一方で、先程の茶髪の男は、なぜかこの状況でほくそ笑んでいた。


「ゲムを出せ」


「しかしアルベルト大佐……!」


「奴らにこの船を撃たせなければいいだけのことだ。それとも、己の練度に自身がないのかな?オットー少尉……」


「そんなことは!」


「ならば良いたろう。この船にまとわりついた害虫をはたきおとすくらい、大して時間はかからんよ……」


 アルベルトはそう言うと、笑みを浮かべながらブリッジをあとにした。そして、アルベルトの指示通りに、ゲムと呼ばれる白い一つ目を光らせたロボット数機が出撃した。


「各機セグで応戦しろ!あの中に馬鹿がいるようだ……!」


 女の命令を受けて、バツの字顔のセグと呼ばれる機体が襲い来るゲムの部隊と交戦を開始した。


 一方、アルベルトは外が騒がしくなる中で、ある部屋の扉を開いた。


「っ……!?」


 扉の開く音を聞いて僅かに体を反応させながら、一人の少女がアルベルトに顔を向けた。アルベルトはゆっくりと少女に近づいていく。


「どうやら厄介な連中が騒ぎを起こしに来たらしい。安心しなさい……、私がいる限りは……」


 その直後、少女は近づいてくるアルベルトの頬をひっぱたこうと手を振った。しかしその手はアルベルトによって簡単に受け止められてしまい、そのままアルベルトは彼女の服の襟を掴んで顔を近づけてきた。


「私が怖いか?そうだろうな……、だが君に危害を加えるつもりがないのは事実だ」


 少女はアルベルトに対して叫んだ。


「私の生活を勝手に取り上げておいて、よくも危害を加えてないと言い張れる!!」


 アルベルトは彼女の服の襟から手を離した。


「言われてみれば確かにそうだ。だがこれ以上の危害を与えるつもりがないのは今のところ事実だ。もっとも、君がこのままなにもせず我々の言う事を聞いていれば、私が嘘つきになることはない……」


 そう言うと、アルベルトはその部屋から退室していった。


 外では海賊団ザビーの駆るセグと、連合軍のゲムの交戦が未だ続いていた。


「くっ……!奪うしか脳のない海賊のわりに、なかなかにしぶとい……!」


 ゲム一機が飛び交うセグに向けてライフルを構えた。だが、その側面から肩が緑色のセグが猛スピードで突っ込んできた。そして手にしていたビームセイバーでゲムの体を真っ二つにしていった。


「しまっ……!」


 そのゲムのパイロットが気づいた時には、すでに彼は死んでいた。そして真っ二つとなったゲム一機は、その衝撃により激しい爆発を起こした。


「ノーマン!!」


 別のゲムに乗っていたオットーが、死んだ男の名前を叫んだ。そこに、


「どこを見ている……!」


 肩が青色のセグが、オットーのゲムに切りかかる。どうやらザビーのあの少年の機体のようだ。オットーのゲムはそれをセイバーで受け止め、そのままセグを力任せに押し返す。


「おのれよくも!!」


 セイバーを振り回していくオットーのゲム。少年の駆るセグはその一振り一振りを冷静に、かつ丁寧に回避していく。


「……」


 少年はセグを下がらせた後、ビームセイバーを左手に持ち替えて、右手はライフルを手にしオットーの駆るゲムに向かってビームを放っていく。その攻撃を回避していくゲムだったが、その内の一発がセイバーを持つ腕に命中し、そのままゲムの右手を焼き切った。


「くっ……!」


 オットーがさらに険しい表情を見せ始める。一方、少年は足のペダルを勢いよく踏み込み、セグを素早く接近させた。


「これで……!」


「っ……!!」


 セグのセイバーがゲムに降りかかる。だが、オットーもまた正規のパイロットであった。オットーは読めたと言わんばかりにそのセイバーをギリギリのところで回避した。そして、セグのセイバーは飛行物体の外壁を一部分だけ削り落としてしまった。


「しまった……!」


 その衝撃は艦内にも当然伝わった。

 アルベルトはその場で膝をついてはすぐさま後ろを振り返った。


「まさか……!」


 アルベルトはすぐさま立ち上がり、先程向かった部屋へと引き返した。


「レイア……!!」


 彼は思わず少女の名を叫び、少し歪んで開けにくくなった扉を突き飛ばした。その視線の先には、先程の衝撃により足元をすくわれ、部屋の隅に空いてしまった穴に体をもっていかれそうになっているレイアの姿があった。


「っ……!!」


 彼女を落とすまいと走りだすアルベルトだったが、それがかえって仇となってしまった。

 レイアはアルベルトが突然走りだしたのに驚いてしまい、一瞬とはいえ体を引いてしまった。そのせいでかろうじて留まりきれていた体のバランスが崩れてしまい、彼女の体は夜の空の中へと落ちていった……。


「きゃああ!!」


 アルベルトは彼女が落ちる寸前に手を伸ばしていたが、それも間に合わなかった……。


 戦闘中、少年はオットーのゲムと交戦していく中で、ある声を感じ取った。耳にしたのではなく感じ取ったのである。少年はその声が響いてきたほうへと顔を向けた。そこに映っていたのは、今にも積乱雲の中に飛び込んでしまいそうなレイアの姿があった。


「こいつが……?」


 少年の駆るセグはオットーのゲムを蹴り飛ばし、勢いよくその少女を追いかけた。


「ぐおっ!?私のゲムを壁にした……!?」


 オットーがそう口にしたことなど知る由もなく、少年はスラスターの出力を最大限にまで上げて落下する少女を追いかけた。

 他のゲムと交戦中だった赤い肩のセグを駆る女が、少年の駆るセグの行動を目にし思わず叫んだ。


「なにをしているガイヤ!……小娘が落ちたのか!?」


 少年ことガイヤは、必死に少女を追いかけようとする。


「パラシュートもなしじゃ……!」


 だがその行く手を阻むように、背後からオットーのゲムがライフルを連射してきた。


「貴様を逃がすものか!!」


「うっとおしい……!」


 ガイヤはそう叫ぶと、セグの体を後ろに振り向かせたと同時に、ライフルのトリガーを引いた。その一発が、先程までガイヤのセグを苦しませていたはずの者の命を一瞬にして終わらせた。爆発四散するオットーのゲムを見たガイヤは思わず呟いた。


「そんなんだから死ぬんだよ……」


 ガイヤは再びセグを駆り、落下する少女を追いかけた。


「さっきので離れたか……!」


 積乱雲の中へと隠れてしまったレイア。だが、その中から、僅かに緑に輝く光がチラついていた。


「っ……!!」


 ガイヤはその光を追いかけることにした。


 数機のゲムを片付けたザビーの面々も、その微かな光を遠くから見つめていた。


『姐御!あれは……!?』


「私にもわからん。なんの光だ……?」


 一方、レイアに手が届かなかったままその場で膝まづいていたアルベルトは、その光を見て思わず笑いだした。


「これだ!これが!大いなる光だ……!」


 ガイヤのセグが積乱雲を突破する。光は落下していたレイアから放たれていた。いや、正確にはレイアの持つ青緑の石からというべきか。

 その光の影響か、先程まで勢いよく落下していたレイアの体は、まるで翼のようにゆっくりとした落下に変わっていた。


「……!!」


 ガイヤはすぐに少女へと近づき、セグの手を伸ばしてはレイアの小さな体を包み込むかのようにその手に乗せた。それと同時に、ガイヤのセグは地上にその姿を消していった……。

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