第2話

 春陽は向かうべき場所が正確にわかっているようであった。

 10分くらい走っただろうか。空はだんだんと暗くなり、家から漏れ出る光が目立つようになってきた。

 たどり着いたのは一般的な家が建ち並ぶ道路であった。春陽はそこで急に立ち止まり、前を見つめた。僕は春陽の見ている方向へと視線を向けた。

 するとそこには2人の女子高生が歩いていた。

 「匂いが濃くなってきた」

 春陽は変わらず女子高生のいる方に視線を向けたままでいる。


 「春陽どうし、」

 春陽は僕の話を遮り、口を手で閉ざした。


 「闇夜に染まるは悪しき心、目覚めよ春の暖かな陽射しとなりて包み込み、心を照らし出し、新たな花へと生まれ変わる。色は赤、花言葉は情熱、花の名前はアンスリウム」


 春陽が何かを唱えると、手から太陽のような暖かな光が僕たちの前を歩いている女子高生を包み込んだ。

 一体彼女に何が起こったのかわからない。だが、後ろから見ていてもわかるくらい最初に見た時より歩き方が軽やかであった。隣にいた友達も急にご機嫌になった姿を見て驚いていた。「どうしたの?」「秘密!」なんて会話がここまで聞こえてくる。


 「ごめんね、急に口塞いじゃって、、」

 いや、むしろご褒美すぎて嬉しかっただなんて間違っても口に出せないし、顔に出さないように気をつけなければ。


 「今のは何が起こったの?」

 一旦冷静になって深く息を吸った。今の春陽の行動に疑問を持ったことを思い出して、質問してみた。

 

 「あれ?咲人は見えていなかったの?おかしいな、、、選び間違えたのか?絶対咲人だと思ったんだけどな」

 春陽は何かぶつぶつと独り言を呟いている。なんか選び間違えたとか聞こえるんですけど、こんだけ振り回されといてさよならは悲しいな。


 「えっと、春陽?光が風にのって女子高生に注がれていたのは見えたよ。でもそれで何が起こったのかはわからない」

 僕がさっき春陽に伝えた言葉が不十分だと感じたので改めて状況を伝えてみた。


 「あ!!そういうことね!なら良かった。ってことはちゃんと役目を果たすことができるはず」

 相変わらず何をするのか肝心な所がはっきりしない。


 「何の話かまだ見えないのですが、結局何が起こったの?」

 話が長くなりそうだというので、近くにあった公園に移動することにした。まだ、太陽は落ち切っていないので、滑り台やブランコ、鬼ごっこで遊んでいる小学生がいる。春陽は公園に入るとすぐにベンチを見つけて座りに行くので、僕も後をついて行った。僕はベンチの端の方に座り、春陽との距離を少し空けた。近すぎると嫌な思いにさせてしまうし、遠すぎても気まずいので、良い感じの距離を空けた。すると春陽は僕の方に身を寄せて座り直した。

 うん、そういう感じね。

 きっとこれが春陽の距離感なのだろう。それなら、ありがたくこの位置を保とうではないか。

 僕がよからぬ考えをしていると、春陽が話し始めた。

 

 「さっきのは一言で説明すると、枯れた花を新しく咲かせたの。人にはたくさんのお花が咲いているの。普段は綺麗に咲いているんだけど、精神に影響されて枯れてしまう。枯れてしまうこと自体は悪いことではないんだ。だけど、その人にとって大事な花が枯れてしまうと悪に導かれて取り返しのつかない状況が起こってしまう可能性がある。今の女子高生も花が枯れてしまって危険な状態だったから、赤色のアンスリウムの花を咲かせて精神を安定させたの。今回枯れてしまったのはクロユリ。あの女子高生は恋をしていたんだけど、何かしらの理由で花言葉である恋が呪いに変わってしまった」


 つまりはこの咲いている花次第で人生決まってるようなもんということなのか?


 「人は誰にだって負の感情を持っている。だけど、良と負の均衡が崩れてしまうと人を傷つけてしまったり、自分を追い込むようになってしまう。人生で一回くらいはこの人を殺したいと思ったことあるでしょ?そう思っても実際に殺してしまうケースは少ない。それは負の感情よりも良の感情が勝っているからだと私は考えているの。人それぞれ感じ方が違うから他の人にとってはそんなこと?って思うこともあるかもしれない。だけど、どれだけ良の感情を持っていても負の感情一つでどん底に落ちてしまう人もいるんだ。私はそういう人たちを助けるためにこの仕事をしているの」

 思っていたよりもこの仕事は深そうだ。

 

 「そんな大事な仕事があるなんて初めて知った。いつからしていたの?」


 「私はまだ始めたばかりで、一年経ったくらいかな?」


 「私はってことは他にもこの仕事をしている人がいるってこと?」


 「この仕事気になってきちゃった?この仕事をすることができる人は限られているんだ。条件は一つ。それは名前に春夏秋冬や花に関する漢字が使われていること。こう聞くと結構な人数が当てはまるように聞こえるかもしれないけど、まずこの仕事を知らない人たちが大半だし、使われている漢字が例えば春だけだとあまり魔法としては効果がないんだ。使われている漢字によって、人それぞれ唄の効果が違ったりするから名前に使われている漢字はとても重要なんだ。まだ、私でも知らないこともあるから他にも条件があるかもしれない」


 「そうなんだ」

 話の内容が今までの暮らしからかけ離れすぎていて圧倒されてしまう。

 「そこで咲人!君の力が必要なんだ」


 「と、いいますと?」

 春陽のテンションに乗せられて僕の鼓動も高まってきた。


 「花野井咲人。もうこの名前聞いた時明らかにめっちゃ花が咲きそうだなって思ったのよね!唄の歌詞や唄い方がよくないと花が咲かないことがあるんだけど、私が思うに咲人と唄えば必ず咲くんじゃないかなと思うの。あと咲人って国語得意でしょ?文章能力が高いと唄の効果も高くなるの」

 何で知っているの?と思ったが、僕の学校ではそれぞれの教科で20位以内の人は張り出される仕組みになっている。ちょうど中間テストも終わっていたので、張り出された順位を見たのであろう。

 「、、、いいよ、春陽のパートナーになっても」

 少し考えた後にまだ不安だがそれよりもやってみたいの方が強かったので引き受けることにした。

 「ほ、本当に!?ありがとう。これから一緒に頑張ろ!」

 春陽はキラキラとした目で僕のことを見てきて、本当に嬉しいということが伝わってきた。


 「もっと詳しく聞きたいけど、今日はもう遅いから今度の休みの日とかって空いてたりしない?」

 春陽がフレンドリーすぎて、つい異性だということを忘れて遊びに誘ってしまった。

 

 「空いてるよ。じゃあ、この仕事についての資料が家にたくさんあるから私の家で話そう。あ、、でも私の家知らないかも?」

 思っていたよりもあっさりとOKを出してくれた。春陽は何かを考え始めて、ぶつぶつと呟いている。


 「あ!じゃあ今日私を家まで送って、家の場所を覚えてもらって、土曜日私の家に集合しよう」

 なんということでしょう。まだ知り合って間もないというのに早速お部屋に招待されてしまうとはなんと幸運なことなのでしょう。

 当の本人は僕のこのやましい気持ちなど気づいていないだろう。

 ふっ、、ただこの仕事について聞くだけではないか。邪悪な考えよ、早く消え去るが良い。

 というか、果たして道を覚えられるだろうか。僕は方向音痴なので心配だ。

 

 「安心して、そんなに遠くないから!」

 どうせ送って行く以外の選択肢はないのだろうから、さっさと済ませてしまおう。

 家に着くまでの間は学校についてなどの共通の話題で盛り上がった。

 そして、10分くらい歩いて春陽の家に着いた。

 白い壁の2階建てで、まだ新しく建てられたばかりのものだということがうかがえる。庭は綺麗に手入れされていて、花が美しく咲いている。

 何だかこの場所に見覚えがすごくあるのだが。

 そう思い辺りを見回すと僕の家が真向かいに建っている。

 えっ、めっちゃ近所じゃないか!表札を見るとそこには、しっかりと葉風という文字が書かれていた。この3ヶ月、登下校でも出会うことがなかった。

 あまりクラスに馴染めておらず、クラスメイトの名前もかろうじて覚えていただけだったので、真向かいの家に住んでいる人たちの苗字と同じということに気づかなかった。

 

 「あれ?やっぱり気づいていなかった?仕方ないよね、私園芸部に所属しているから朝早くに学校に行って水やりをしないといけないから登校する時に出会うことがなかったんだと思う」

 

 「春陽は園芸部に入ってるんだ。僕は部活には入っていないよ。家がこんな近いなんて今気づいた、、、でも今思い返してみれば、母が新しく引っ越してきた子と同じ学校だと言っていたような気がする」

 その時ゲームに集中していて、すぐに記憶から消し去ってしまっていたようだ。


 「ってことで土曜日の2時からでいいかな?」


 「あっ、うんいいよ」


 「じゃあまた学校で!」

 こんなに近くに住んでいたなんて、まだ信じられない。「またね」と言って家に入る姿を見ると違和感を覚えてしまう。

 春陽が家に入ったのを確認してから僕は後ろを振り返って見慣れた家に歩き出した。

 

 

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