第109話 バンクスにお仕置き

ガタンと音がする。


……しかし何も起きない。


振り返ってリューが言う。


「落とし穴とは、下らない事をするな?」


扉に近づいた時、既にリューは予知能力によって罠を察知していた。そこで、あえて落とし穴の上に乗ってみせた、次元障壁を落とし穴の蓋のすぐ下に展開し、扉が開かないようにして。


「な、何の事だ?」


慌ててとぼけようとするバンクス。


「ここに落とし穴があるんだろう?」


踵を床にコツンと打ち付けながらリューが言った。


「敵対しないなら、こちらも手を出さないつもりだったのになあ?」


バンクスに向かって踏み出すリュー。それを見たバンクスは慌てて弁明する。


「待て! 落とし穴などない! 何を言ってるんだ……敵対するつもりなどない!」


「ないのか? じゃぁそこにお前も乗ってみてくれるか?」


「……」


「どうした、ないんだろう?」


仕方なくバンクスは扉に向かう。仕掛けは何か故障して開かなくなってしまったのだろう。リューが乗って開かないのだから、自分が乗っても大丈夫であろう。


リューは一歩下がり、近づいてきたバンクスが扉の前の床に立つ。


その瞬間、床が開く。リューが次元障壁を解除したのである。


バンクスは地下牢に向かって一気に落ちていった。


バンクスの執務室は2階、地下牢は地下一階である。その落差を落ちたら、一般人ならば脚を骨折しているところだろうが、さすがは元Sランクだけある、なんとか無事に着地してみせたようだ。


バンクスが見上げるその上には、穴を覗き込むリューが見えた。





やらかしてしまったバンクス。そもそも、バンクスはリューと敵対しないつもりではなかったのか?


最初はそのつもりであった。


Aランク・Sランクの冒険者が依頼を失敗になってもよいからと投げ出した案件である。冷静に考えれば手を出すべきではない。


情報としては、危険人物であると結論していたのだ。


しかし、現れた人物が、思いのほか、貧弱に見えてしまったのが迷いの始まりであった。


しかも、その貧弱な少年が、王都のギルマスに対し、上から偉そうに話す。


王都のギルドマスターと言えば、他の都市のギルドマスターとは違う、格上の存在である。冒険者というのは舐められないために敬語などは使わないのは当然であるが、王都のギルマスとなれば別だ。皆が恐縮して頭を下げるのが当たり前だ。


だが少年はまったく敬う気配もなく尊大に振る舞う。気分が悪かった。


このまま黙って帰したら、こんなガキ相手にギルマスはビビったのかと後ろ指をさされるかも知れない。


それに、転移魔法など、やはり信じられない。


やってみたら案外簡単に捕らえられるのではないか?


自分は元Sランクとはいえ引退してもう長い。現役のようには動けないだろうから、直接戦闘はやはり避けたほうがいいだろう。


だが、罠を使えば・・・


落とし穴という罠は稚拙であるが、この世界では案外成功率が高かった。予期していれば躱せるかも知れないが、まったく予想外の場所では簡単に引っかかってしまう。


予想外の場所、そう王都の冒険者ギルドのギルマス執務室などである。


実は過去に何度か成功例があり、バンクスは味をしめていたのだった。


迷いはあったが、なんとなく、レバーに触れた時、とっさに(行けるかも?)と思ってしまったのだ……。


だが、見抜かれてしまった。事前にバレてしまった以上、そんな稚拙な罠などに嵌る相手ではないだろう。それどころか、自分が攻撃される……!


一瞬の思いつきで行動してしまったバンクスだったが、今度は少年から殺気を当てられビビってしまった。こんな強い殺気を少年が放つとは思っていなかったのだ。


拙い、雷王達が言った通り、敵対してはいけない相手だった。どうしよう、とぼけるしか無い! とぼけまくってなんとか誤魔化そう!


冷静に考えればそんなのは無理だと分かるが、焦っていてどんどん適当な判断になっていった。


実はこのマスター、元Sランクとは言え、実力はそれほどでもなく、上司に媚びへつらい人脈をうまく泳いでランクと地位を手に入れたタイプだったのである。


元Sランクと吹聴しているが、パーティランクがSだったのであり、本人はAランク、実力的にはBランク寄りであったのだ。だが、王都において出世するには、実力よりもコネや上司のご機嫌取りの能力の影響が大きいのである。


上司に頭を下げまくってやっと手に入れた地位であるがゆえに、今度は皆が自分に頭を下げるべきだと思っていた。


それが、こんなガキに尊大な態度を取られていいのか? いや、我慢ならない。その中途半端なプライドが判断ミスを招いたのだった。





リューは、このまま牢にバンクスを放置して帰ろうかと思ったが、思い直し、地下に転移した。やはり、お仕置きは必要だろう。雷王達にもきっちり思い知らせてやったのだから、指示を出した人間が何もなしでは、おかしいだろう。


牢の鉄格子の外に魔法陣が浮かび、リューが現れる。


「…!」


「転移が本当なら見せてみろと言ったな。見せてやろう」


バンクスの足元に魔法陣が浮かび、気が付けばどこかの平原に立っていた。


「ここは……?!」


「王都の外にある草原だ」


リューが指差す方を見ると、はるか遠くに王都の城壁が見えた。


「転…移……?」


る気はないと嘘を言いながら、相手を罠に嵌めようとする。王都のギルドマスターとしては随分情けない話だな」


「待ってくれ! 本当にやる気はない! もう二度と手を出さない! 約束する」


「まぁもう少し、転移魔法を味わってみてはどうだ? 興味あったんだろう?」


「……?」


バンクスの足元に再び魔法陣が浮かぶ。今度はどこに飛ばされるのか?


ふと、リューが上を指差しているのが見えた。バンクスが上を見上げると、頭上10mほどの高さに魔法陣が浮かんでいた。バンクスの転移先は空中だったのである。


あ、と思った時には既にバンクスは空中高くに居た。当然、すぐに地面に向かって落下し始めるバンクス。


高さ10mというのは、人間が最も恐怖を感じる高さだと前世の知識でリューは知っていたのでその高さにしてみた。この世界の人間が同じかどうかは分からないが。


落下するバンクスが地面に激突する! と身を堅くした瞬間、地面に再び魔法陣が浮かぶ。バンクスの身体は衝撃を受けることなく、魔法陣に吸い込まれ再び頭上20mほどの高さに出現する。


また落下を始めるバンクス。先程の落下速度も保持したまま、さらに加速していく。


迫ってくる地面に恐怖するバンクス、しかし、再び魔法陣が地面に浮かび、バンクスはまた空中に転移されていた。


頭上30m。再び落下を始める。勢いはそのままである、これで合計60mの高さから落下しているのと同じ速度である。


いくら元Sランクとは言え、これで地面に叩きつけられたらおそらく助からないだろう。


だが再び地面に魔法陣が浮かぶ。おそらく激突しないのだろうと分かっていても、猛スピードで地面に突っ込んでいくのは、肉体的・本能的に凄まじい恐怖を感じるのであった。


魔法陣に吸い込まれ、再び空中に出現するバンクス。ただし、今度はベクトルが逆向きに出現した。地面に向かって落下していた勢いそのままに、今度は空に向かって飛び上がっていく。


やがて、重力によってバンクスの上昇が止まった時、再び転移によってバンクスは地上に移動させられていた。


折返しの頂点付近で地上に戻されたので、落下で加速した勢いはほぼゼロとなり、ほとんど衝撃もなく地面に着地できたバンクス。


「フリーフォールは楽しんでもらえたか?」


そのリューの言葉を聞きながら、バンクスは腰が抜けてへたり込んでいた。


「……勘弁してくれ……俺は高所恐怖症なんだ……謝るから、もう…」


実は、心を覗いた時にバンクスが高所恐怖症なのをたまたま知ってしまったリューの意地悪なお仕置きであった。


「一回で済むと思うのか?」


ビクッと震えるバンクス


「そんな……頼む、謝る、反省している、勘弁してくれ……」


「次は地面にそのままぶつかってもらおうか?」


「そんな事をしたらっ…死んでひまうっ……」


「安心しろ、死ぬ前に治療してやる」


バンクスは、雷王達が言っていた、切り刻まれてはなんども元通り直されて繰り返し甚振られたという話を思い出し……そのまま小便を漏らして失神してしまった。


「そんなにフリーフォールが怖かったのか…?」


バンクスは、気がつくとギルドの執務室に居た。


床から起き上がると、部屋の中にリューが立っていた。


「次に俺に手を出してきた冒険者は殺す」


「……分かった……」


コクコクと頷くバンクスを背に、リューは部屋から出ていった。



― ― ― ― ― ― ― ―


次回予告


王城に行くも衛兵に止められてしまうリュー


乞うご期待!



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