第18話「遠慮はいらない」

「もしかして『有刺鉄薔薇』!? ずいぶんとレアなものを植えたんだね」


 ウチに着いていきなりウェンティさんは驚いていた。


 うすうす思っていたことだけど、あのドラゴンは普通に貴重なもののタネをくれたらしい。


「ドラゴンの持ち物だったので、もしかしたらそういうものかもしれないとは思っていました」

 

 と正直にカミングアウトする。


「えっ? ドラゴン!? どうやったらもらえるの? というか、どうやって仲良くなったの!?」


 ウェンティさんは唖然とした顔で問いを叫び放つ。

 もしかして言っちゃいけないことだったんだろうか?

 

 いや、でも、黙っていてもどうせいつかはバレていただろうな。


 俺なんてこっちの世界での知り合いは少ないのだし、希少なアイテムを持ってる存在なんてかぎられているだろうし。


 彼女には異世界人だと知られているので、話しても問題ないはずだ。


「たぶん俺じゃなくて、異世界の情報に興味があるのだと思います」


 自分が知らない情報を持ってる相手なら誰でもいい、というのがドラゴンの考えだろう。


 そこは勘違いしてはいけないと思っている。


「ずいぶん謙虚というか、悲観的じゃない?」


 ウェンティさんはふしぎそうに首をひねった。


「それってあなたの武器であることに違いはないでしょ」


「そうかもしれませんね」


 個人的にはしっくりこなかったものの、彼女の価値観を否定したくない。

 ほかにもこっちの世界では一般的な考えなのかもしれないとも思える。


 建物の裏の菜園部分に彼女を案内すると、小さな芽が成長して、赤、青、黄、緑、白、金の六種類の葉っぱをつけていた。


「えっ……」


 ウェンティさんは見たとたん、大きく目を見開いて硬直してしまう。


「どうかしましたか?」

 

 訳がわからないので理由を問いかける。


「ま、まさかと思うけど、これは『六王樹』じゃないよね?」


 ウェンティさんの様子はただ事じゃない気がしたけど、理由はよくわからない。


「たしかドラゴンもそういう名前を言ってましたね」


 彼の言葉を思い出しながら答えた。


「ごめん、『六王樹』は幻の樹って呼ばれてるんだ。シーズンごとにいろんな果実を身に着けて、全部高値で売れる」


 彼女が両手を頬に当てながら放つ言葉に、今度は俺が驚く番だった。


「はい?」


 何だかすごそうな名前だと思った、あの一瞬は間違いじゃなかったのか。

 

「さすがドラゴンだね。簡単に渡せるものなんだ」


 と話すウェンティさんはまだ受けたショックから立ち直れてないようだった。


「きっと価値観が違いすぎるのでしょうね」


 俺が言うのもどうかという気はするけど、何となく言わずにはいられない。

 

「しばらく水はやらなくていいと言ってましたが、何かご存じですか?」


 と質問をふってみる。


「う、うん。一か月は水もいらないらしいよ。あたしが知ってるのはうわさレベルだから、正しいか自信はないけど」


 ぎこちなくうなずいて彼女は返事した。

 水が一か月もいらないなんて、それは植物なのか? という疑問はある。


 でも、ここは異世界なんだと受け入れることにした。


 自由に人の姿にもなれるドラゴンと比べたら、そこまでファンタジーじゃないかもしれない。


 過酷な砂漠に存在するサボテンだって似たようなものというイメージだし。


「ほかに何か質問はありますか?」


 話を広げるだけの知識もコミュニケーション能力もないので、質問を投げかけるしかなかった。


「ケージさんはここで生活するつもり?」

 

 ウェンティの声はポジティブなニュアンスじゃない気がする。


「できたらいいなぁと思っているのですが、まずいでしょうか」


「ここだととれる食料が少ないんじゃないかなと思って。湖には魚はいるかもしれないけどさ」


 彼女の指摘はもっともだと思うので、ごまかすように後頭部をぽりぽりとかく。


「そうなんですよね。移住するかどうか、まだ決めてない理由がそれですから」


 食料以外の問題は解決したか、そうでなくてもめどは立っていると言える。

 

「魚ばかりじゃなくて肉も食べたいですし」


 魚は好きなのでそこはいいんだが、魚ばかりだと間違いなく飽きてしまう。

 

「本当はウシや鶏を飼うといいんだろうけど、ドラゴンが許可をくれるかな?」


 というウェンティさんの疑問には正直なところ同意だ。


 いまのところ俺には好意的ではあるものの、何がNGポイントなのかさっぱりわからないのがこわくもある。


「聞くだけ聞いてみようかな。何かの知識と引き換えなら認めてもらえるかもしれないですし」


 さすがに無償だとよくない気がするけど、対価を払うなら許されるかもしれない。


 少なくとも俺が住むのも、菜園をやるのも、ウェンティさんと外でしゃべってるのも黙認してくれている。


「異世界人は強いね」


 ウェンティさんは感心してくれたが、何だか申し訳ない気がした。

 なぜなら異世界人と言うのは俺が努力して手に入れたものじゃないからである。


 と言うと彼女は笑う。


「律儀だね、ケージさん。あたしたちは配られたカードで戦うしかない弱者なんだよ。ドラゴンとは違うのだから、遠慮はいらないでしょ」


「そういうものですか」


 配られたカードで戦うしかない、は日本でも聞いたことがある言い回しだったので納得できた。


 べつの世界であっても似たような考え方は生まれる場合があるらしい。

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