第17話「なじんでいる」

「うまい」


 肉はやわらかくて濃厚な味が口の中に広がる。


 こんなにうまい肉なんて、薄給サラリーマンじゃあ食べるチャンスなんてまったくないだろう。


 いままで食べた中でも確実に最上位クラスのうまさだ。


「大げさだね」


 と言いながらウェンティさんはニコニコしている。

 おそらくうまい食事のおかげだろう。


 うまいものを食べればたいていの人間の機嫌はよくなるはずだからだ。


「そっちの世界食べ物って、あんまりおいしくないの?」


 ウェンティさんが疑問を口にする。


「そこまでひどくはないと思いますが」

 

 日本食だって平均は高いほうなんだろうけど、そんなものを食べる余裕と資金が俺にはないんだよなぁ。


 言葉をちょっと濁すとウェンティさんは訳アリと察したような顔になる。

 

「まあ、せっかくだからここでおなかいっぱい食べなよ」


「もちろんそうします」


 腹いっぱい食べておかないと損した気分になってしまうからな。 


「ケージさんのおいしそうに食べる顔、けっこうかわいいね」


「ぶほぁ!?」


 不意打ちでウェンティさんが予想もしてなかったことを言ったので、思わずむせてしまう。


「そんな驚かなくても」


 他意はなかったのか、彼女は心外そうな顔になる。

 

「い、いえ、女性にそんなことを言われたのは初めてだったので」


 あわててとりつくろう。


「そうなんだ? 見る目のない女しかいなかったんだね」


 小声だったけど聞こえてしまったので対応に困る。


 すこし迷ったけど、聞こえなかったことにして目の前の料理に集中しようと思った。

 

「うまい、うまい」


「兄ちゃんはうまそうに食ってくれるな。これはおまけしてやろう」


 いきなり出てきたこわもてのおじさんが、白いまんじゅうのようなものを皿にのせて持ってくる。


「あ、ありがとうございます」


 思いがけない展開に驚いたものの、まだ腹に入りそうだったので遠慮なくいただくとしよう。


 白い皮はもちもちとして、中にはたっぷり肉が詰まってる。


「これもすごいうまい」


 生きていて幸せだという感覚で心が満たされていく。

 やっぱりうまい料理を食べるって大事なんだな。


「幸せそうな顔をしてるね」


 とウェンティさんは楽しそうな顔をしている。


「実際にいま幸せですよ」


 ストレスから解放されて、うまい料理に集中できるのだから。

 これ以上望んだらバチが当たるかな、と本気で思うくらいだ。


「ならよかった」


 ウェンティさんは安心したらしい。

 親切な人だなと思う。


 偶然店に入っただけの異邦人にもこうして気にかけてくれるんだから。


「どうかした?」


 首をかしげる様子は可愛らしかった。


「いえ、優しい人と知り合えて運がよかったなと思いまして」


「ふん、褒めたところで何もでないよ」


 ウェンティさんはそっぽを向いてしまったけど、ちょっとだけ白い頬が赤くなっている。


 ぶっきらぼうで感情が乏しく思えていたけど、実はそうでもないのかもしれないと気づく。


 言葉にするのは照れくさいので言わないでおこうかな。


「今日このあとどうするの?」


 とウェンティさんはお茶を飲んで聞いてくる。


「ウチに戻って植えたものの様子を見ておこうと思っています」


 予定は決めていたのでスラスラと答えは出てきた。


「えっ? もう植えたんだ?」


 ウェンティさんは目を丸くする。

 

「ええ、ちょうどタネをもらったので」


 ドラゴンの名前はここで伏せたほうがよさそうなのでぼかしたけど、彼女はピンと来たようだ。


「ああ。あたしも見に行ってもいい?」


 と聞かれたことにはやっぱり驚く。

 周囲の男性が驚いた様子になったけど、見なかったことにしよう。


「いいですけど、仕事は大丈夫ですか?」

 

 と確認する。

 フットワークが軽いのはすごいことなんだけど。


「平気だよ。ウチはゆるーくやってるしね」

 

 ウェンティさんは白い歯を見せて即答する。

 店番が足りなくても大丈夫なんだなと受け入れるしかない。


「では見に来ますか?」


 と俺は問いかける。


「ええ」

 

 話はまとまったので食べ終えたタイミングで、会計を別々にすませて店を出た。

 

「魔石車に乗せてもらっていい?」


 街の壁の外に向かって歩きながらウェンティさんに質問される。


「いいですけど」


 魔石車は二台だと何か不都合でもあるのだろうか、と思いながら承知した。

 

「道は覚えたんだね」


 俺の運転を隣から見ながらウェンティさんは言う。


「何度も往復しましたからね」


 と返した。


 あとこっちだと日本とは違って街と街の間に建物が皆無に近い上に、ほぼ一本道だから方角さえ覚えてしまえば何とかなる。


「こっちになじんでくれたならあたしもうれしいかな」


 とウェンティさんはつぶやく。


 日本好きでやってきた外国人が、日本になじんでる様子を見て微笑ましく思うようなものだろうか。


「いまのところメチャクチャ満喫してますよ」


 こっちに来るチャンスがなかったら、ストレスで心が折れていたかもしれない。

 かなり本気で思っているし、ふしぎな縁に感謝している。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る