第16話「ムカついても耐えるコツ」
「次に菜園だったか。人が食べても害がないとなると、『大王カボチャ』と『宝石イチゴ』あたりになるだろう」
とドラゴンはつぶやく。
たぶんカボチャとイチゴの親せきか兄弟くらいだろう──だよな?
「が、あいにく私が持ってるのは『六王樹』のみだ。すまないな」
と言いながら金色に光ってるようなタネをもらった。
「いえ、お気持ちだけでうれしいです」
相手の厚意に注文をつけるのはマナー違反だろう。
「『六王樹』ってどんな野菜なのでしょうか?」
名前の響き的には野菜じゃなくて樹木っぽいんだけど、気のせいだと思いたい。
「植えてみればわかる。説明するよりも自分の目で見るほうが早いだろう」
とドラゴンは答えて、今度は漆黒のタネを取り出す。
さっそく菜園を想定していた場所に埋めてみる。
「水はしばらくやらなくてもいい。土の栄養で育つし生命力が強いからな」
「ありがとうございます」
この分だと逐一育て方を教えてもらえそうだなと思い、改めて礼を言った。
あまり要求しすぎるのもためらわれるのだが、ドラゴンのほうからしてくれる分にはかまわないだろう。
「ではまたな」
とドラゴンは湖の中に帰っていったので、改めてウチの周囲をゆっくり歩きながらながめてみる。
「だいぶ様になってきたかな」
仕事帰りにこっちで寝て、起きてから趣味を頼んで出社するという流れをルーチン化してもいい頃合いだ。
というかもうなりかけてるか。
落ち着いたらお世話になったウェンティさんへのお礼も何かしたいな。
何なら喜んでもらえるのかさっぱり見当がつかないので、本人に直接聞くのが無難だろう。
とりあえず寝てから日本に帰るとしよう。
そうすれば出勤時間が来るまでの時間を、まるまる趣味に使えるからな。
……自分の時間を捻出したいという願望は、すでに実現できていると言えるのかもしれない。
次の日、満員電車に乗って会社に行き、機嫌の悪い上司に八つ当たりをさんざんされ、昼飯を食べるヒマがなく、終電でヘロヘロになりながら帰って来る。
アパートまでたどり着けば楽しい異世界生活があるし、異世界の金貨を千枚くらい持っていると思うことで何とか耐えられた。
ムカつく上司でも心の中で「俺は異世界だと富裕層だが?」とマウントをとることで、溜飲が下がる。
『ボンズリング』をはめて異世界にやってきて、
「その気になればいつでも逃げられるというのは心強いな」
と実感したし声にも出る。
職場の先輩がこっそり転職活動していた気持ちがわかるようになったと思う。
俺も結果論的には似たような状況になったと言えそうだ。
『水宝瓶』の美味い水を飲むとすこし元気が出る。
「菜園の様子を見て、それからどうするか決めようか」
家には明日の朝ごはん用のジャムパンが一個しか残ってない。
こっちで晩ご飯を食べてしっかり寝ておきたいところだ。
ぐるりと建物を回り込むと、なんと芽が出ていた。
「早いな」
さすが異世界の植物と言うべきなんだろうか。
しばらく水はあげなくていいらしいのでそっとしておこう。
空を見上げると太陽は真上にある。
おそらくお昼時なんだろう。
仮眠して夕方になってしまうともったいない気がするので、だるさを我慢して魔石車で王都に移動する。
「何だかここを見るとホッとするな」
いやな世界から逃げて来れた避難所を見つけたような気持ちだった。
避難所を用意するのは大事だとSNSで話している人を見かけたけど、あれは本当のことだったのだ、としみじみ思う。
メンタルがかなり楽になっていた。
王都の中に入って食事処を探してみる。
と言っても土地勘がないので、ウェンティさんと入った店の周辺に自然と足が向いていた。
麺類なら無難かなと思いつつ、パンや肉も食べてみたい。
こっちの料理、基本的に野菜以外はかなり美味しいからな。
何となくで選んだ肉料理の店に入ると、先客たちの中にウェンティさんがいた。
「あっ」
と声をあげた彼女はふたり掛けの丸テーブルにひとりで座っている。
「こんにちは」
とあいさつをすると、手招きされた。
「あいてるからよかったらどうぞ」
彼女が微笑ですすめてくるので、従うことにする。
店内の若い男性から悔しそうな視線を向けられているけど、気づいていないふりをしよう。
おそらく彼女自身もしていれる。
「またこっちに来てたんだね」
「ええ。こっちのほうが過ごしやすいですよ」
「おせじ上手いね」
本気で言ったのに、ウェンティさんには信じてもらえなかったらしい。
すくなくとも俺にとってはこっちのほうが圧倒的に過ごしやすいんだけどなあ。
それにウェンティさんにも会えるし……というとハラスメントなんだろうか?
女性慣れしてない俺には乙女心なんてわからないので、余計なことは言わないでおこう。
「ここは何がおススメの店なんですか?」
と聞いてみる。
「断然肉だよ。豚肉か鶏肉がとくにおススメ」
ウェンティさんは笑顔で断言したので俺も注文したくなった。
彼女の前には肉料理とスープ、パンが並んでいる。
「では同じものを頼みますか」
「はーい」
会話を聞いていたらしい若い女性スタッフが元気よく返事した。
「どう? こっちには慣れてきた?」
「だいぶ慣れた気はしてます」
とウェンティさんに答える。
こっちに来たときに感じるなつかしさや安心感がいい証拠だろう。
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