第15話「アンパンとカップ麺」
次の日、やっぱり缶詰はやめて、菓子パンとカップ麺のふたつを選ぶ。
何ならこのふたつは『マガ道具店・本店』に持っていってもいいだろう。
異世界の食べ物というだけでけっこう高く評価されるみたいだし。
ドアを開けたらそこは異世界のウチの目の前だった。
「すごい」
たしかにこれは利便性がアップしそうだと思う。
感心していると湖の中からドラゴンが青年の姿でやってくる。
「戻って来たか」
「わかるのですか?」
毎回タイミングがあまりにも良すぎるので疑問がわく。
「そうだ。貴様の気配は覚えたからな。この大陸のどこにいてもわかるし、移動してくればすぐに気づく」
「そ、そうなのですね」
ドラゴンの感知範囲があまりにもやばすぎるのでちょっと引いてしまう。
普通に地球産のレーダーよりも優秀なんじゃないかな。
まあ相手は人智を超越した存在なんだろうけど。
「それで、持っているものは何だ?」
俺の気配を感知できるくらいなんだから、当然持ってきたものにも気づけるのだろう。
爬虫類みたいな一対の視線はカップ麺とアンパンに向けられている。
「向こうの食べ物です。『アンパン』と『カップ麺』と呼ばれています」
とりあえず見やすいように差し出してみた。
「ふむ? パンと麺の一種だろうということは何となくわかるが、見たことがないものに入れられているのだな?」
ドラゴンは珍しそうに瞳を細めて首をかしげる。
「ええ。長期保存のために開発された向こうの技術です。向こうにはいただいたアイテムのような便利なものがないので」
「なるほどな。アイテムが存在しない分、かわりとなるものが生み出されたか」
俺の簡単な説明にドラゴンは納得したようだった。
「それで? どうやって開けて食べるのだ? 目の前で見せてみろ」
いきなり食べると言われたのでちょっとだけ安心する。
まずは簡単なアンパンを包みを破いて取り出してかじってみた。
「食べかけでよければどうですか?」
「せっかくだからもらおうか」
予想通り、人外らしく気にしないらしい。
アンパンの半分を食べるとドラゴンは目を丸くして一瞬固まる。
「甘いな。まるで砂糖菓子のようだ」
「甘くて美味いパンが欲しいと考えた人がつくったのでしょう」
日本のアンパンは誰がどうやってつくり出したのか、恥ずかしながらまったく知らないので、適当なことを言う。
「パンに砂糖を求めるとは奇妙な考えだが、ありかもしれん」
ドラゴンの表情と声色から察するに評価はまずますと言ってよさそうだ。
主食に甘味って発想、こっちの世界でも奇妙なのか……いや、俺は好きなんだけど。
「それで麺はどうするのだ?」
とドラゴンの関心が移る。
「えっとお湯をわかす必要があるんですけど」
「ああ、人は熱を加えたものでないと死にやすいのだったな」
さらりと言われたけど、認識としては間違ってないのだろうからツッコミは入れずに、うなずいておく。
「湯なら私が用意してやろう」
ドラゴンが右手を空にかざすと水が生まれ、すぐにぐつぐつと音を立てはじめる。
「それで?」
次をうながされたので、フタを開けて中身を彼に見せた。
「このカップの中にお湯を入れて三分待つのです」
「ふむ? まあ実際にやってみるのが一番か」
一瞬彼は怪訝そうな顔をしたものの、口ではなく手を動かすことを選んだらしい。
ドラゴンしかいない状況で黙ったまま三分待つのはなかなか空気が重い。
と思っていたけど、普通に三分って通じたことにびっくりだ。
三刻ってどういう単位だったのかちょっと気になりはじめたけど、何となく質問する気になれない。
「三分経ったと思うぞ」
と言われたのでフタを開けて、ドラゴンに見せてみる。
「これで完成です」
「ほう。三分間湯をつけることで麺を仕上げるのか。むかし人がやっていた、乾燥させた保存食を戻す作業にすこし似ているな」
ドラゴンは物知りだった。
似ている方法がこっちの世界にもあったのか。
「よかったら食べてみますか?」
ドラゴンなら食べても平気だろう。
「ふむ、興味はある」
持ってきた割り箸を割って差し出す。
「ふむ? そんなものもあるのか。貴様の故郷は食べる環境の構築に余念のない世界だったりするのか?」
とドラゴンが首をかしげる。
だいたい当たってると思うけど、何で割り箸、カップ麺、割り箸を見ただけでわかったのだろう。
「そんな感じの国ですね」
「ならほかにもありそうだな」
と言うドラゴンの顔には期待が浮かんでいる。
「また何かよさそうなものがあれば持ってきましょうか」
「うむ。今回のにも礼はしよう。どんなものが欲しい?」
とドラゴンに問いかけられたけどすこし迷う。
「食料事情を改善するためのものが欲しいですね。あと簡単でいいので塀とか?」
ドラゴンがいる湖でやらかすバカはいないと信じたいが、心理的に塀でもあるほうが安心できる。
あと菜園が軌道に乗るのはしばらく先だろうから、その間もたせるものがあればなおいい。
とドラゴンに伝えた。
「ふん。ではまずこれだな」
どこからともかく果物のタネのようなものを取り出す。
「『有刺鉄薔薇のタネ』だ。貴様の家の周囲を守るように伸び、悪意あるものの侵入を防ぐ。まあそれなりに力がある者なら突破できるだろうが」
有刺鉄線の親せきみたいなものかな?
ないよりは全然いいので、ありがたく受け取ってさっそく植えてみる。
すぐに伸びてきて、あっという間に家を囲ってくれた。
「菜園を囲うこともできますか?」
「できるぞ」
と言ってドラゴンはもうひとつ種をくれたので、植えておく。
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