第13話「異世界生活の準備2」
動線を考えて『水宝瓶』を設置する。
風呂とトイレはそれぞれ水が出るけど、飲用として使うのにはすごい抵抗があったのでとてもうれしいプレゼントだった。
「もらった『次元袋』について相談したいんですけど」
外に出てウェンティさんに話しかける。
「ああ、それは伝説のアイテムだよ。何でも入る上に保存も長期的にできるってやつ。あたしも実物を見たのは初めてだけど、たぶん本物でしょうね」
気を取り直した彼女の説明に、今度は俺があっけにとられる番だった。
「そんなデタラメなアイテムがあるんですね」
「さすがドラゴンだね。あたし以外の人には教えないで。国が建つくらいの金額が動くだろうから」
とウェンティさんに真剣な顔で忠告されてしまう。
あまりにも高い値段がつく希少なアイテムだからか。
たしかにポンとくれたあたりさすがドラゴンだ。
「しかし、物の出し入れをする際、人に見られないというのは無理なんじゃ?」
家具とか実際に買うんだから、店のスタッフの目はあるだろう。
「言わなきゃわかんないから。『次元袋』に似てるけど、もっと下位のアイテムだと思われて終わりだよ。そういうアイテムなら珍しくはないからね」
と言ったウェンティさんの表情は小悪魔っぽい。
たしかに言わなきゃ希少アイテムだと思うはずがないか。
「このあとどうしましょうか?」
いままで運転してもらったことを思えば、ウェンティさんには休んでもらいたい。
けど、家の中にはもてなしできるものが何もないんだよなぁ。
「えっ、用がないならあたしは馬車で帰るけど」
何の問題があるのか、と言わんばかりに彼女はきょとんとする。
タフな人だな……それともこっちの世界ではこれくらい普通なんだろうか。
「魔石車で王都へ戻って、家具を買って来ようかと思うのですけど、乗っていきませんか?」
これなら自然な形だろう。
「ケージさんもタフだね」
ウェンティさんは目を細める。
どういう表情なのかさっぱり読めない。
「いやあ、環境を整えていく以外にやることを思いつかないだけですよ」
せめて布団があるならゴロゴロするのもありかもしれないけど。
そういう点でこっちでは娯楽がすくないと言えるかも。
釣りと菜園の管理だけで毎日過ごせるかな?
「異世界でも家はあるんだろうから、のんびりやればいいのにと思っただけ」
とウェンティさんの意見はもっともか。
あっちだと休みは寝るだけだし、寝るヒマすらないもっとブラックな労働環境な人たちもいるけど、こっちにはない概念なのかもしれない。
仕事を辞めてこっちに引っ越す準備と言っても、おそらく彼女には理解が難しいだろう。
「そうですね。ベッドだけ買えばあとはのんびりやりますかね」
とりあえずウェンティさんを魔石車で王都まで送り、次に家具を買ってそのままヌーラの街に移動して、ゲートで地球に戻った。
「はぁ……」
見慣れたアパート内を見て何かため息が出てしまう。
異世界で過ごす時間は刺激的で濃いせいか、こっちでの時間が虚無に思えてくる。
仕事するために薄給で生きてるような人生だったから、もともとの話か。
スマホで時間を見てみると、一時間ちょっとしか経過していない。
「法則性がまだわからないな」
だけど、時間にズレがあるなら、あっちでたっぷり遊んでリフレッシュできそうだな。
休み2日分くらいになりそうだ。
そう考えるとゆっくりと休みながら準備のほうが、実は得した気分になれるかもしれない。
……と思ってた時期がありました。
上司の発注ミスを俺と後輩のせいにされて、しかも言い訳するなと怒鳴りつけられて、始末書を書かされる理不尽。
それを経験すると、仕事を辞める準備を急ぎたい気持ちが圧倒的に強くなった。
帰り次第、『ボンズリング』の力で異世界に行く。
「お、王都だった」
あくまでもいまのところだけど、『ボンズリング』を使った場合、王都に来ることが多いようだ。
こっちに来るポイントがイレギュラーじゃないのはありがたい。
そして『次元袋』から魔石車を取り出して組み立てる。
ウェンティさんに毎度声かけても商売の邪魔になってしまうだろう。
今回は購入済みのベッドを設置すれば枕も並べてそのまま寝ることができる。
こっちではまだ昼過ぎなので、あわてなくても日没までにウチに着く。
馬車とウェンティさんの運転で道はだいたい覚えていたので、迷わずにたどり着くことができた。
この世界のベッドや家具はひとりでも持ち運びと設置ができるようになっている。
「魔法の力ってすごいものだな」
もしも地球にも魔法の力があれば、あっという間に広がったんじゃないだろうか。
ひとり暮らしの男やお年寄り、時間に追われてる主婦にとってはすごくありがたい存在になっていただろう。
ふと思ったんだけど、魔法の力を利用すればのんびりスローライフがはかどるんじゃないだろうか?
魔法を使えなくてもアイテムなら俺でも使えているんだから。
……楽ができなかったらスローライフの意義も薄れてしまうしな。
『水宝瓶』が出してくれた水を飲んでみたらめちゃくちゃ美味しかった。
「水の味ってここまで変わるものなのか」
心が洗われるようだ、というとさすがにちょっと誇張かな。
「これでだいたい準備は整ったかな」
あと足りないのは食事関係だけど、魔石車に乗ってどこか街で食べるのもたまにはいいだろう。
ストレスを感じたあとのほうが作業がはかどったのは気のせいだろうか?
さっそく枕を置いて寝心地をたしかめてみよう。
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