第12話「ドラゴンのプレゼント」

 魔石車の運転方法は地球でのクルマとほぼ同じだったので助かった。


 そんなことってある? と思ったものの、たぶん考えたら負けなやつだろうと受け入れる。


「いろいろ買ってくれたし、大銅貨1枚で運ぶの手伝おうか?」


 とウェンティさんが言う。


「いいのですか? 店のほうは?」


 店にいるのはおじいさんとふたりのはずで、彼女が抜けて平気なんだろうか。


「この時間なら平気だよ。ウチは常連さん中心だし、魔石車の運転をあたしならできるよ?」


 断ってもついてきそう──というのは言い過ぎにしても、気にしても仕方なさそうだったので厚意に引き続き甘えさせてもらう。


 魔石車、充分に練習せずに運転するのはちょっとこわかったし。


「馬車より速いかもしれませんね」

 

 助手席に座ってウェンティさんの運転を見ていた最初の感想だ。

 

「ま、乗合馬車じゃあ馬に負担はかけられないからね」


 とウェンティさんは笑う。

 生き物じゃないほうが有利な部分はあるんだろうな。


 水と食料を確保しなくていいし、健康に気を遣わなくていいし。


「あれがレムレース湖だよね」


「ええ」


 ウェンティさんはレムレース湖を見たことがないらしいので、俺が請け合った。


「なるほど、たしかに建物が見えるね」


 彼女はかなり視力がいいらしく、俺が点すら見えないところでも建物の姿を捉えている。


「ドラゴンの姿はないようだね」


「ええ、湖に消えたままみたいです」


 ウェンティさんの表情からはっきりと緊張が抜けた。

 

「興味はあるけど、『騒がしい』の定義がわからないうちは関わらないほうがよさそう」


「それはそうですね。ふたりでの会話も『騒がしい』と言われる可能性だってあるわけですから」


 と彼女の考えに賛成する。


 意外と話しやすかったんだけど、同時に気難しい表情を崩さなかったという印象があった。


 建物の前で魔石車は静かに止まる。


「どう、運転方法、参考になった?」


「ええ、とても」


 ウェンティさんのほうをどうしてもちらちら見る必要があったけど、彼女は誤解しなかったようだ。


「車庫をつくって止めるのもアリだけど、この立地だと目立つかも。まあ目立ったところで泥棒が来るわけないか」


 ウェンティさんの笑みにつられて俺も笑い声を立てる。

 

「あと、菜園のための柵はあったほうがいいかもね。植える種ごとで土もわけたほうがいいんだろうし」


「そうなんですよね」


 結局やらなきゃいけないことはいろいろとありそうだ。

 とは言え、仕事とは違ってやりがいはありそうだけど。


「本来ならお茶の一杯くらいは出したいのですけど」


 あいにく出せる環境が整っていない。

 自分のための飲み水を買って確保する必要があるのだから。


「気にしなくていいよ。事情はわかってるんだからさ」


 ウェンティさんが気さくでさっぱりした性格なのは助かる。

 

「ほう、さっそく客を連れてきたのか。それとも手伝いか?」


 いつの間にか青年の姿をしたドラゴンが近くまで来ていた。

 湖から出てきたんだろうに、濡れてないのは魔法か何かだろうか?


「必要なものを買った店の人です」


「初めまして」


 ウェンティさんは何かを感じ取ったのか、かしこまった態度をとる。

 

「どうかなさいましたか?」


 龍の尾を踏んだ、という展開になってないことを祈りながら問いかけた。

 

「住む許可を出しただけでは釣り合いがとれないと判断した。貴様、『精霊石』は知っているか?」


「知りません」


 いつもならウェンティさんに聞くところだが、いまはやめておいたほうがいい気がする。


「簡単に言えば火や水といった自然の力を発揮する石だな」


 とドラゴンは言って水瓶みたいなものを取り出す。


「『水宝瓶』という。水の精霊石を宿しているので、お前が望めばきれいな水を提供してくれる。飲み水でも菜園にでも使うといい」


「ありがとうございます」


 唖然としているウェンティさんをよそに俺は礼を言う。

 水の問題が解決したのはとても大きい。


「ところで誰かを招待していっしょにご飯を食べてもいいですかね?」


「その程度のことでいちいち私の許可を取らなくていい」


 質問したら呆れた視線を向けられる。

 いくら何でもビビりすぎだったか。


 まあウェンティさんは女性なので、建物の中に招き入れるのはとても抵抗があるんだが。 


「あとは家具とかを持ち運ぶのに何往復かすることになると思います」


「いちいち報告はいらないが、なぜ何度も行き来するのだ?」


 ドラゴンは何かに興味を持ったらしく質問をぶつけてくる。

 

「家具は大きいので、持ち運びするのが大変だからです」


 返事をしながらやっぱりドラゴンは人間の事情を知らないんだなと思う。


「……ならばこいつをおまけしよう。『次元袋』だ」


 と言ってドラゴンは緑色の巾着袋みたいなものを取り出して手渡してくる。


「!??!」


 何かウェンティさんがとんでもなく驚いた顔になっていた。

 詳しくは聞かないほうがいい気がしてならない。


「その代わりにまた貴様の知識を見せてもらうぞ」


「それは大丈夫です」


 俺の知ってることを見せたり教えるだけで、ドラゴンと友好的でいられるなら安いものだ。


 ドラゴンは去っていくとウェンティさんが盛大に息を吐き出す。


「生きた心地がしなかった……」


 そこまでこわいかな? と思ったけど言わないでおこう。

 異世界人にはわからない恐怖だってありそうだ。

 

「『水宝瓶』を建物の中に入れてきますね」


 ウェンティさんのショックは大きそうなのでまずは作業をすませよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る