第11話「異世界生活の準備」
「えっ!? ドラゴンと遭遇した!?」
『マガ道具店・本店』に行って報告すると、ウェンティさんは大きく目を見開いた。
さすがの彼女もこの流れはまったく想定していなかったらしい。
幸い店内には人がいないので、ちょっとくらい話しても大丈夫だろう。
「普通は想定できないでしょ」
ウェンティさんはあきれた視線をこっちに向けてくる。
「す、すみません」
思わず謝った。
こっちの世界では常識を知らないのは俺だもんな。
「よく無事に帰れたわね、ケージさん」
感心するウェンティさんの視線がくすぐったい。
「騒がしくしないならかまわないって言われましたが」
と正直に報告する。
べつに俺が大したやつってわけじゃないし、ドラゴンも無制限に寛容というわけでもない。
この点は明らかにしておくべきだろう。
「うーん、状況がよくわかんないよね」
とウェンティさんに言われてしまった。
話を手折った影響だろうか。
「俺も正直よくわかってないのでしょうし、住環境を整えるのは念のためにひとりでやるほうが安全かなと思っています」
と言うと、彼女は大きくうなずいた。
「そっちのほうがいいと思うよ。ケージさんが特例、ほかは許さないっていきなり言われたら地獄だもん」
「それは地獄ですね……」
おそろしい展開をふたりで想像してしまい、揃って顔色が悪くなる。
「話を戻しましょうか。何か欲しいものはある?」
と気を取り直したウェンティさんに質問された。
「欲しいのはベッドと食器ですね。あと家庭菜園をはじめるのに必要なもの。あと、移動手段に使えるアイテムって何かありませんか?」
と言うと、
「最初のふたつは専門店に行ったほうがいいもの見つかると思う」
とウェンティさんは苦笑してから、
「菜園系に使えるアイテムならウチでいいだろうし、移動に使うものもいろいろ揃ってるよ」
とつけ加える。
「じゃあまず移動用のアイテムから見せてもらってもいいですか?」
一番気になっているものを最初にチェックしたかった。
「いいよ。ケージさんに一番おススメは魔石車かな。高いけど魔石があれば自動的に動く乗り物だから、手間も維持費も負担は低めなの」
と言ってウェンティさんは小型自動車のような外見をした代物を見せてくれる。
せいぜいふたり乗りって感じだ。
「ちなみにほかにはどんな乗り物があるのですか?」
興味本位で質問すると彼女は困惑を浮かべる。
「ほかは生き物が引くものばかりなのよ。ケージさんは異世界人だし、こっちの生き物に詳しくないでしょ? 世話できる?」
「無理だと思います」
生き物は自分で世話する前提なのか。
となると最初から除外していたウェンティさんの判断が正しいだろうな。
「だとするとこれが一番無難だと思うよ。ほかのものは手入れや管理が面倒だけど、これは自動メンテナンス機能付きだし」
「なるほど」
こっちの乗り物のメンテナンスを自分でやるノウハウなんて、俺が持っているはずがない。
「お値段は金貨3枚だけど、どうする? 長い目で見れば馬車を使い続けるよりは安くなると思うよ」
とウェンティさんは質問してくる。
金貨8枚だとおそらく300万円相当だろう。
高いんだけど、便利さには代えられない気はしている。
「ところで使い方について確認したいんですが」
それでも買う前に気になる点をたしかめたいと思う。
「何でも聞いてね」
ウェンティさんは親切に教えてくれ、仕様書なども見せてくれた。
「魔石って永続でもたない気がするんですけど」
「たしかに10年に一回くらい交換する必要があるかな」
「10年ですか」
ウェンティさんの返事にびっくりする。
想定の何倍も長持ちするようだ。
「この車を買ってくれた人には一回めの交換は無料でやるしね」
「無料ですか」
普通にサービスいい気がしてきて唖然とする。
「それで利益は出るんですか?」
「出す工夫はしてるとだけ答えておくね。心配してくれてありがとう」
ウェンティさんの笑みは商売人のものだった。
まあ王都で店舗をかまえてやっていけてるんだから、単なるお人よしのはずがないか。
「あとは家庭菜園に必要そうなものはこの辺にあるよ」
と言ってウェンティさんはべつのコーナーに案内してくれる。
種、シャベル、土、肥料などいろいろとあった。
「気になったんだけど、飲み水を確保するアテはあるの?」
「……ないですね」
ウェンティさんからの質問にハッとなる。
湖の水はそのまま飲めるか怪しい上に、煮沸消毒するための器具を持っていない。
「何なら食べ物や飲み物を保管するための貯蔵庫もいるんじゃない?」
「いりますね」
おそらく冷蔵庫のようなものだろうと予想してうなずく。
やはりと言うか、新居に必要なものは多すぎる。
地球から持ってきてそのまま使ってもよさそうなものが、布団くらいしかなさそうだしな。
ちょっとずつ準備していくくらいのほうがいいだろう。
「金貨2枚あるなら、『最上位収納バッグ』を売れるんだけど、それでも足りないでしょうね」
とウェンティさんは考え込む。
「足りないならいまはいいでしょう。それより魔石車の保管場所についてなのですが」
車庫みたいなものはあの建物にはなかったので、置き場をどうすればいいのか。
雨で濡れても平気なんだろうか?
「ああ、それならこのボタンを押せば平気」
と言ってウェンティさんが車体の右横にある丸ボタンをカチッと押すと、みるみるうちに小さくなり、子どもでも運べそうな大きさになる。
「見た目に反して軽いし、家の中にも入れやすいよ。もちろん、専用の建物を用意できるなら、それが一番でしょうけどね」
「便利ですね」
さすが異世界の技術と言うべきだろうか。
車の折り畳み式なんて想像したこともなかった。
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