第10話「三本柱」

 ポカンとしている間にドラゴンはもとの青年の姿に戻る。


「本当に気づいてなかったのだな」


「ええ、まったく」


 人に変身して会話もできるドラゴンなんて、フィクションの設定だとばかり思っていたので、想像すらしてなかった。


「このあたりなら、貴様が望むように人はめったに来ない。ほかに何か望みはあるのか?」


「えっと……自給自足できればいいかなと思いますが」


 俺は正直に答える。


 農家も大変らしいけど、苦労がすくなそうな家庭菜園とかいいんじゃないだろうか。


「土仕事か? 貴様らは好きだな。まあ私の許容できる範囲であれば好きにすればいいぞ」


 ドラゴンはどうでもよさそうに許可をくれる。


「あと、暮らすなら家を建てなきゃなんですが」


 とおそるおそる言う。


 家を建てるなら大工を呼ぶ必要があるだろうし、建設工事がうるさいんじゃないだろうか。


「家ならあるぞ? あちらにだが」


 とドラゴンは遠くを指さす。

 たしかに何か建物らしいものが、米粒くらいの大きさで見える。


「100年以上も誰も使ってない建物だ。貴様が使っても文句は出まい。そうじや手入れは必要だろうがな」


「あ、ありがとうございます」


 礼を言うとドラゴンはふんと鼻を鳴らし、


「あまり騒がしくしないというのが、私が出す条件だ。守っているうちは好きにすればいい」


 と言い残して湖の中に入っていく。


「騒がしくしたらスローライフにならないですが」


 と言ったが声は聞こえなかっただろうな。


 そもそもこっちの知り合いなんてほぼいないのだし、俺ひとりで騒がしくするのは絶対無理だと思う。


 まずは建物の確認をしておきたい。


 本当に100年も放置されてたんだとしたら、使えるようにするまでかなり大変だろうな。


「その場合はスローライフと言えるのか?」


 いや、スローライフってべつに楽って意味はないんだっけ?

 ひとりで考えても意味ない気がするな。


 建物は平屋でなかなか広く、20坪くらいあるかもしれない。


 カギはかかってないようで引き戸を開けてみると、中は覚悟していたよりもずっときれいだった。


「どういうことだ? ……魔法か?」


 何でも魔法に結びつけるのはどうかと思うものの、100年放置されていたという建物がまるで新築同然なのは、ほかに説明しようがないんじゃないだろうか。


 食器棚やクローゼットらしきものならあるけど、家具や寝具のたぐいはない。

 買って持ってこないといけないようだ。


「それを見越して騒がしくするなって言われたのかな?」


 ありそうな気がする。

 だけど、この湖まで家具を持ってきてくれる業者なんていないんじゃないかな。


 風呂とトイレがばっちりあったのは救いだと思う。

 水道はないけど。


「俺ひとりで何とかしなきゃか……」


 とりあえず窓を開けて喚起しながら、外の原っぱをながめる。

 

「すこしずつ準備すればいいか」


 いまの会社を辞めるかどうかもまだ決めてないんだから、あせっても仕方ないだろう。


 何ならこっちで食事をして食費を浮かせ、あっちで寝袋でも買って持ち込んでもいいはずだ。 


「なるべくこっちにいられるようにしたい」


 何ならアパートを解約して、こっちから会社に通うのもアリだろうか。


 家賃や光熱費がもったいなくなるし……いますぐはさすがにリスクありそうだけど。

 

 家庭菜園ができそうなスペースはいくらでもある。


 人通りがほとんどないどころか、そもそも生物を見かけないので荒らされる心配もなさそうだ。


 釣りと農業の二本柱でなら、生活していけるかもしれない。


 ダメだったら日本に戻って、こっちの世界で売れるものを持ってくれば生活費の心配はしなくてすむ。

 

 と考えれば三本柱だな。

 できればだけど、ここからヌーラの街や王都に行く手段は何か講じておきたい。


 交通手段が一日に数本しかなく、最寄りから家が遠いなんて向こうでの田舎そっくりではあるんだが。


「そう言えば一回王都には戻ったほうがいいのかな」


 レムレース湖に行くと言ったとき、心配そうな人たちがいた。

 顔を出しておかないとドラゴンに襲われた、なんて勘繰る人が出るかもしれない。


 変な評判なんてささいなことで立つ場合があるし、そんな悪評が広がったらせっかく寛大な許可を出してくれたドラゴンにも迷惑をかけてしまう。


「よし、帰ってウェンティさんには話しておこう」


 そうすればウェンティさんから知り合いに話すくらいはしてもらえるだろう。


 どうせいますぐやらなきゃいけないことなんてないので、のんびりとこの世界での日常を楽しむのがいい。


 馬車から降りた場所へと戻り、王都へと向かうものをゆっくりと待つ。

 

「本でもあればいいのかな」


 好きな本を読みながら待つというのはいい。

 スマホだと充電がネックとなって、ずっと使い続けるのは難しいだろう。


 これまで見てきたかぎり、こっちの世界には電気はまだなさそうだもんな。 

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