第8話「王都でモーニング」

 宿を探しに行ってみたらたまたまひと部屋あいていたので、銀貨3枚で泊まる。

 寝床はよかったけど、朝食も何もついてないとなるとすこし割高に感じた。


「どこで食べようか」


 朝食会場がそもそもない宿だったらしい。

 見知らぬ異世界で野宿するよりはマシだろうから、文句はないが。


 何となく知ってる方向へ歩いていたら、ばったりウェンティさんと大きな通りで遭遇する。


 ウェンティさんは相変わらずぶかぶかのつなぎみたいな服を着ていた。


「あれ、おにいさん、また来たの?」


「ええ。『ボンズリング』の効果を試してみたかったので」


 何考えてんだこいつって思われそうなので、ごまかし笑いを浮かべる。


「へー、なかなか好奇心ある人なんだね。じゃなきゃこっちの世界に何度も来ないか」


 薄給サラリーマンの金銭感覚だからかもしれないが。


「言われれてみればたしかに」


 厳しい現実から意識をそらすためのつもりだったけど、興味がないわけじゃないとも言える。


「あはは、自分で気づいてなかったの?」


 ウェンティさんの言葉に黙って首を縦に振った。

 同時に腹の虫が盛大に鳴る。


「あたしもいまから朝ごはんなんだけど、いっしょに行かない?」


「えっ、いいんですか?」


 まさか年下の女性から食事に誘われる日が来るなんて。

 こういう思考も気持ち悪いんだろうか。


「何で驚いてんの? おにいさん、どこで美味しい朝ごはんを食べられるのか、全然知らないでしょ。案内するよ」


 まったくその通りなので、ウェンティさんの厚意に甘えさせてもらおう。

 彼女が連れてきてくれたのは、一本奥に入った隠れ家風の店だった。


 木造で温かみのある内装で、ゆっくりとした時間が流れてる感じ。


「いらっしゃい」


 俺を見てひげをはやした男性はおやっという顔になる。


「モーニングセットをふたつ。今日はあたしのおごりね」


 頼んでからウェンティさんは笑顔をこっちに向けた。


「いや、そんな。悪いですよ」


「いいって。気に入ってもらえたらうれしいからね」


 とウェンティさんは笑ってお金を受け取ろうとしない。

 こうなったら言葉に甘えるしかないか。


 俺たちは向かい合って当たり障りのない話をする。


 女性とふたりで対面で食事なんて久しぶり過ぎて、失礼がないようにと緊張していたが、彼女の飾らない言動のおかげですこしずつリラックスできた。


「お待たせしました。モーニングセットとサービスのドリンクです」


 と女性スタッフがふたつ運んでくる。


「ここのモーニング、オムレツ、サラダ、スープ、ドリンクとついて大銅貨でお釣りが出るからお得なんだ」


 とウェンティさんは語った。

 ニュアンス的に1000円くらいで食べられるってことかな?


「飲み物は?」


「紅茶ってわかる?」


 質問に質問で返されたけど、やむを得ないだろう。


 きれいに伝わったところを見ると、理解できるものでいいのだろうと判断してうなずく。


「飲んでみたほうが早いでしょうね」


 熱い紅茶をすこし飲んでみたら、知ってる味と近かった。


「これ美味しいです」


「よかった」


 ウェンティさんはちょっとうれしそうに目を細める。

 

「味覚すごくないけど、これは全部美味しいですね」


 と感想を正直に言った。

 オムレツはトロトロしたタマゴがとくに美味しい。


 野菜サラダだけはそんなに美味しくないが。

 ……野菜だけ美味くないってパターンは前にもあったな。


「おにいさん、美味しそうに食べるね。連れてきた甲斐があるよ」


 とウェンティさんはニコニコしている。

 彼女はゆっくりときれいな仕草で食べていた。


「本当だね。ウェンティが人を連れてくるなんて珍しいと思ったら」


 と女性スタッフがニコニコして話しかけてくる。


「はぁ、どうも」


 陰キャとしては店の人に話しかけられるのが得意じゃないけど、ここは逃げられない。


「上客になってくれそうな人だからだよ」


 とウェンティさんは言ったけど、単なる照れ隠しだと女性慣れしてない俺でも分かった。

 

 お茶を飲み終えたところで会計をすませて外に出る。


「何かすみません」


「謝る必要はないでしょ。おにいさんがまた来てくれたら、こっちの人間にとってメリットになるわけだから」


 とウェンティさんは言うが、ビジネスライクなだけじゃないのは鈍い俺でも何となく気づいていた。


 だけど、それを言葉にするのは無粋なので、違う話題を出してみる。


「レムレース湖に行ってみたいんですけど」


「レムレース湖に行きたい? 馬車は途中までしか行かないからかなり歩くよ。ドラゴンをこわがって馬が近づかないからね」


 と答えられた。


「反対しないんですね。ドラゴンがいるって」


 すんなり教えてもらえると思ってなかったので、彼女の目を見てしまう。


「知らずに突っ込んでいったり、ドラゴンを怒らせるタイプには見えないから」


 と彼女は真剣な顔で即答する。


「こわがってる人は多いけど、あたしたちがまだ無事なのは、怒らせるバカがいなければ大丈夫ってこと。じゃなきゃこの国はすでに滅んでるからね」


 ドラゴンはそれだけ強大な存在なのだと、彼女は笑う。

 「受け入れる強さ」みたいなものを彼女から感じる。


「せっかくだから腹ごなしに馬車乗り場まで行こう」


 ヌーラの街に行く際に利用したから知ってるけど、ウェンティさんに厚意にまたも甘えた。


「じゃあまたね、おにいさん。名前は?」


「圭司」


「またね、ケージさん」


 あくまで客としか思ってないと線引きされてるのかなと思ってたので、意外な展開に驚きながら馬車に乗る。

 

 ウェンティさんに言われたところで降りて、そこからまっすぐ湖に向かってひとり歩き出す。


 時間はおそらくあるのだろうし、異世界の外を歩いてみるの一興だと考えて実行してみた。

 

 馬車から降ろされたのは草原で、吹き抜けるさわやかな風と、草の香りが新鮮で気持ちいい。


 太陽の光も強くなくて、ピクニック日和と言える。

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