第6話「困ったときは助け合う」

 ひと粒を試しに飲んでみたら、それだけで頭がすっきりして疲労感が抜けていく。


「こわ」


 効果がてきめんなのはいいとして、効くタイミングがいくら何でも早くないか?

 ひと粒だけにしておいて正解だったかもしれない。


「これだけすっきりしたら観光もできるな」


 歩くのもしんどかったはずが、いまは就職前の社会人のつらさを知らなかったころの体に戻った気がしている。


 どうせ帰っても寝るだけだし、ちょっとくらい楽しんでもかまわないだろう。


 外国の王都を観光するなんて、こんなチャンスでもないかぎり、底辺の薄給サラリーマンには一生縁がないだろうし。


 街並みはネットで見るヨーロッパ風に近い、気はする。


 石造りのように見えるけど、魔法やふしぎなアイテムが存在する世界なので、もしかしたらただの石じゃないかもしれない。


「きれいな街並みだなぁ。空気も食べ物もおいしいし」


 難点があるとすれば、人が多いのでのんびりできる気がしたいところか。

 王都なんだからそんなの向いてないと言えばそれまでだが。


 王都から遠くなくて、人がいなくてのんびりできる場所があるなら、移住したいくらいだ。


「いや、それには生活コストを調べなきゃだな」


 金貨200枚あれば一生安泰ならいいんだけど、物価がどれくらい高いか。

 あとは自給自足みたいなことができるのかどうかかな。


 ……自分でも驚くくらい真剣に移住を検討しはじめている。 

 

「水だって大事だよな」


 生活用水を確保できるのか、そもそも異世界人の移住って認められるのか?

 あと税金は?


 真面目に考えると気になる点がどんどん出てくる。


「誰かに聞いてみたほうがいいかな」


 観光という気分はあっという間に消えてしまっていた。


 『ボンズリング』の効果が本物なら、これからは好きなときにこっちに来れるんだよな。


 薄給の会社で仕事がんばるより、こっちで快適に暮らせる方法を考えるほうが、今後の人生が有意義なものになる気がしてならない。


「ボンズリングの効果をたしかめてからでいいか」


 だまされたと思いたくないけど、本当に好きなタイミングでこっちに来れるのか、検証をしておくほうがいいだろう。

 

 というわけでやっぱり観光に戻る。

 珍しい建物を見て、屋台で軽く軽食をつまむ。


「うまい」


 いっしょに買ったジュースもけっこううまかった。

 食文化の違いは気にしなくていいのかもしれない。


「味覚に大きな差がないのはいいな」


 味覚があまりにも違いすぎると旅はよくても、定住は無理だろうからな。


 みんな異世界人だと気づいてないのか、気づいてもスルーしてくれてるのかまではわからないが、親切な対応をしてくれる。


 王都だからか清潔だし、ここはいい街だと思えた。


「とは言え眠くなってきたな……」


 そう言えば六連勤の最終日だった、とうかつなことをいまさら思い出す。


 『養生粒』は疲れをとってくれても、眠気を完全に抑え込むのまでは厳しかったらしい。

 

 このままじゃあ路上で寝転がることになりかねないので、どこかで宿を探したほうがいいだろうな。


 うろうろしてみるけど見つからず、【マガ道具店・本店】に戻ってきてしまう。

 これなら人に聞いたほうが速そうだ。


 店の中に入ると、怪訝そうな顔をした女性が出迎えてくれる。


「あんた、どうしたんだ? 買い忘れ?」


「いや、この辺で宿はないか、教えてもらえないかなと」


 しゃべっている間も睡魔が襲ってきた。


「ここからじゃあ宿まではけっこう歩くけど、あんた顔色悪いね。ウチで休んでいく? 異世界人じゃ土地勘なくてきついだろ」


「え、いいんですか?」


 道具店なのに……と思い、きれいな顔を思わず見つめてしまう。


「困ったときは助け合うのが基本でしょ。それにあんたはお得意さんになってくれるかもしれないから、先行投資の意味もある」


 お茶目な笑みを見せてくれたけど、本音は前者のほうだと直感する。

 

「すみません、お世話になります」


 断りたい気持ちはあるものの、それ以上に眠気に勝てる自信がなかった。


「あいよ」


 女性の笑顔は天使のようだ、と思いながら店の奥の一画で横になり、意識を手放す。



 はっと気づいたとき、いつのまにかブランケットが体にかけられていて、頭の下には枕が置かれていた。


「起きたか。よく寝ていたな」


 と近くにいた老人が声をかけてくる。


「す、すみません」


「かまわんよ。疲れは取れたかね?」


「ええ、おかげさまで」


 頭はすっきりしていて体も軽い。


「夜食のパスタはどうじゃ? ウェンティ──孫娘の手料理ですまんが」


「じいちゃん、それどういう意味!?」


 怒った顔の若い女性がずんずんと近づいてくる。

 あの人、ウェンティって名前だったのか。


「深い意味はないぞ」


「い、いただきます」


 ケンカがはじまったらたまらないので、フォークを手に取る。

 見た感じスープパスタに近い料理だと思う。


 湯気がすごいけど、食べられなくはない。


「うまい」


「でしょ!? ほら!?」


「いつの間にか上達していたのか……」


 うれしそうなウェンティさんに対して、老人はかなり本気で驚いている。

 もしかして悶絶するほどのメシマズってこともありえた?


「仮眠をとらせてもらって、夜食までごちそうになって、どうもすみません」


 スープパスタを食べ終えたタイミングでふたりに頭を下げる。

 正直、異世界でこんなに親切にしてもらえるなんて思ってなかったよ。

 

「いいよ。せいぜい銀貨2枚分程度だろうしね」


 祖父と孫娘はそろって笑う。

 笑い方からは血縁を感じる。


 礼をしてもおそらく彼らは受け取ってくれない。

 まったく違う形ですることを考えるほうがよさそうだ。


 本当はもっとこっちにいたいけど、一度帰らないと地球での日時がどうなってるのかが気になる。


 こっちくるたびに缶やペットボトルを持ち込んで買い取ってもらえば、ゲート使用料なんて気にならないからな。


「ここからヌーラの街に行くのにどれくらい時間がかかりますか?」


「あそこなら馬車で三刻というところか」


 老人が答えてくれたが、刻という単位がわからない。


「そろそろ日が暮れるし、馬車の最終が近づいてるだろうから、利用したいなら早めに向かったほうがいいんじゃない? 馬車の乗り場なんて知らないでしょ?」


 ウェンティさんの言う通りだった。

 王都に来たのが初めてなのだから、見つけるまで時間がかかるだろう。

 

「そろそろ店じまいの時間だし、ウェンティが案内してやればいいだろう」


「だよね。ついてきて」


 断っても無駄な気配をふたりから感じたので、素直に甘えることにした。

 

「じゃあまたね、お兄さん」


 と馬車に乗った俺をウェンティさんは微笑で見送る。


 

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