第4話「無自覚性再来者」

 昼飯を買いに出たときは何にも起こらず、すこしだけがっかりする。


 コンビニに向かう途中の公園で、スーツ姿のサラリーマンが髪を派手に染めた若者たちに囲まれていた。


「てめえらがクソな社会にしたせいで俺ら困ってんの。つまり詫び代だよ、詫び代」


「とっとと金出せよオラぁ!」


 か、カツアゲ?

 それとも俺より年上っぽいからおやじ狩り?

  

 暴力沙汰とは縁がなかった俺はビビって動けなくなってしまう。

 スーツの男性は一発殴られてうずくまり、財布を奪われてしまった。


 休日出勤したあげく襲われるなんて、とんでもなく不幸だな……。

 同情してる間に赤い男がこっちを見て、あっという間に俺が囲まれてしまう。


「おっさん、見世物じゃねえぞ」


「このおっさんからも詫び代をもらおうぜ」


 しまったと後悔してももう遅い。

 五人に囲まれて逃げ場がなくなってしまっている。


「ぼ、暴力は勘弁してくれ」


 勝ち目がないので情けなくても下手に出るしかない。


「おっさん、だっせえな。いくら何でもビビりすぎだろー」


 男たちはゲラゲラ笑うけど、黙って耐えないと。


「俺だってオニじゃねえ。素直に財布出すなら、何もしないって」


 背後に回っていた男が俺の背中を叩くと同時に、


「ぎゃあああ」


 悲鳴をあげた。


「な、何だ?」


「おい、どうしたんだよ?」


 突然の展開に訳が分からず、仲間たちが心配そうに声をかける。


「手が、俺の手があ……」


 おそるおそるふり返ってみると、男はまるで右手が砕けたみたいだ。

 

「てめえ、俺の仲間に何しやがった?」


 さっきまでへらへらしていた男たちの表情が一変する。

 

「いや、何もしてないよ。あんたら見てただろ」


 俺が指一本動かしてないのは、前後左右にいた彼らには見えているはずだった。


「うるせえ!」


 正面の男がいきなり殴りかかってきたが、痛くも何ともない。


「うぎゃああ」


 それどころか、男自身が泣き叫びながらのたうちまわる。


「な、何だ、こいつ?」


「やばくねえ?」


「逃げようぜ」


 男たちはおびえた様子で仲間を抱える、何かを落として逃げ出した。

 

「そうか、スーツ」


 上級戦士のスーツを着たままだったということを、ようやく思い出す。 

 脱ごうとしないかぎり脱げないアイテムだったっけ。


 今回はそのおかげで助かったと言えるだろう。


「あっ、財布……」


 落ちていた財布を念のため、立ち上がったサラリーマンに見せた。


「私の財布です。あなたが取り返してくれたのですか」


「いや、あいつらが去っていくときに落としただけですよ」


 どう考えても「取り返した」と言える状況じゃなかったので訂正する。

 

「それでもありがとう」


 お礼を言われるのが心苦しい。

 俺はこの人を助けたわけじゃないし、手当てをできるわけじゃないのに。


「お互い気をつけましょう。では」


 サラリーマンは強がりだとわかる笑顔で去っていく。

 手当もいらないとのことなのでもう俺にできることはなかった。


「……それにしても上級戦士スーツを着ててよかったな」


 治安があまりよくないと思っていたけど、直接的に巻き込まれたのは今日が初めてだった。


 これから外に出るときは上級戦士スーツを着ておくように心がけよう。



 コンビニで買い物して帰宅して食べる。


「どうやったら異世界に行けるのかな……?」


 単に出入りするだけじゃあ条件を満たさない可能性はあると思うけど、わからないことだらけだ。


「狙っていけないのなら、金貨はもてあましそうだな」

 

 こっちの世界で換金できたらいいんだけど、間違いなくトラブルが起こるだろう。

 異世界が周知されているならいいけど。


 明日からは仕事だ、社畜はつらい。



 六連勤が今日で何とか終わって、六日連続で終電に乗っての帰宅だ。


 知人に話したら「家に帰れるだけまだマシだろ」と返されて、社畜界の闇の深さを思い知った日だった。


 今日もまた缶コーヒーを持ってるけど、まだ飲んでいない。

 寝る前に飲むよりも朝に飲むほうがいい気がしたのだ。


「明日は休みだから、すぐにでも寝よう」


 とにかくしんどい。

 シャワーは起きてからでもいいやとドアを開けたら、そこは異世界だった。


「はぁ?」


 見覚えがまったくない場所だけど、景観がどことなくヌーラの街に似ている。

 ただし、こっちのほうが壁が高くて兵士の数も多く、大都市って雰囲気だが。


 俺は缶コーヒーを握りしめてからハッとした。


「三回とも飲み物を持ってるタイミングだよな……」


 飲み物を持ってアパートのドアを開けると異世界に来てるのは、はたして偶然なんだろうか?


 ほかに手がかりはないので自動的に異世界転移条件の最有力候補だな。

 とりあえず立っている兵士に話しかけてみよう。


「すみません、ここはどこでしょうか?」


「はあ? 王都まで来て何を言ってんだ、あんた?」


 若い兵士がふしぎそうな顔で聞き返してくる。

 王都なのか、道理でデカいわけだなと勝手に納得した。


「いや、この風貌、もしかしてあんた異世界人か?」


 父親くらいの年齢の兵士がおそるおそる聞いてくる。


「ええ、そうです。ヌーラの街には行ったことがあります」


「なるほど。再来者って呼ばれるタイプか」


 年配の兵士は説明を聞いてうなずく。

 どうやら異世界人には種類があるらしいな、と感じる。


「元の世界に帰りたいなら王都に来ても意味はないぞ。観光か?」

 

「いや、気づいたらここに来ていたので」


 確認事項だと思われたので正直に答えた。


「ああ、無自覚性再来者なんだな。あんたがどうしたいのかで、こっちの案内も変わるから決まったら教えてくれ」


 と言われる。


 毎回不意打ちで来てしまうので、どうしたいかなんてすぐには考えられないんだよなぁ、というのが本音だった。


 疲れてるときに異世界観光はきついしな……いや、待てよ?

 ダメでもともとで確認してみよう。


「疲れを回復するアイテムってありませんか?」


「そういうのは【マガ道具店】の本店で注文すればいいぞ。あそこは品揃えもいいからな。値段は高いが効果は信頼できる」


 年配の兵士の返事にちょっと驚く。

 【マガ道具店】は最初に空き缶を売った店じゃないか。


 買った【ユニーク財布】も便利なので、本店なら一回行ってみたいな。

 

「ではそこに行ってみようと思います」


 と言った。

 疲れが抜けないことには、異世界を楽しむ気持ちになれないので。

 

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